小説 川崎サイト

 

一時間

川崎ゆきお


「まだ一時間ある」
 吉田は時計を見た。一時間後に部屋を出るのがちょうどいい。早すぎても駄目だし、遅すぎても駄目。
 丸い大きな壁の掛け時計は電池で動いている。一年以上持つ。その間、遅れがちになる。今は五分ほど遅れている。だから正確には一時間五分ある。ただ、この五分にそれほど意味はない。十分だと駄目だが、五分程度の違いは問題ない。
 一時間あるので、何かをやろうとしたのだが、やることがない。というより、やる気がしない。一時間後、人と合う。これがプレッシャーになっており、落ち着かない。大したことは起こらないはずなのだが、油断の出来ない相手だ。急に何を言い出すか分からない。以前にも何度かあった。
 今回は特に用事はないらしいが、かえって怪しい。用事で近くまで来たので、そのついでに合いたいと連絡が入った。
 本当にそんな用事があるのだろうか。そうではなく、吉田と合うのがメインではないのか。などと想像する。
 吉田は、その相手に借りがある。弱みを握られている。だから、それを言い出される可能性が高い。借りた恩は返す必要がある。それで頼み事に来るのかもしれない。
「まだ一時間近くある」
 吉田は時計を見た。
 テレビを付けるが、集中出来ない。面白い番組なら、あっという間に小一時間は経つだろう。
 本を出し、ページをめくるが一行ほどで投げ出した。読む気がしない。
 こういうとき、熱中できるネタを準備しておくべきだ。あっという間に一時間が経過するような。
 そのつもりで録画しておいた番組があるのだが、こんな落ち着きのない状態で見るのはもったいない。だから、これは使えない。
 吉田は暇なときは、ネットを適当に見て過ごしている。何度も同じサイトを、覗いては移動し、また、別のサイトへ移動。
 検索などで気になった言葉を探し、それを読む。そんなことをしていると、一時間などはあっという間に過ぎてしまうのだが、今日はその気にもなれない。これは暇なときだから出来る。
 吉田は今、小一時間ほどの暇があるのだが、暇の質が違う。心置きなく過ごせる時間ではないためだ。
 結局、一時間ほどは、その後起こることばかり考えたり思ったりして過ごした。
 非常に重い時計の長針だが、何とか回った。
 そして、その相手と出合い、三十分ほど話して別れた。特に用件はなかったようだ。本当に寄るところがあっての帰りだった。
 吉田はほっとしながら部屋に戻った。
 そして、やっと自分の時間を取り戻せたような気になり、とっておきの録画していおいた番組を、心置きなく見た。
 
   了




2013年5月29日

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