小説 川崎サイト

 

元気のない老人

川崎ゆきお


「元気なときはいいがね、元気ではないときの過ごし方が大事なんだ。決して元気な状態を標準としないことだ」
「ご老人は元気がないのですか」
「わしか」
「はい」
「そうよのう。いつの頃からかは知らぬねど、元気ではなくなっておる」
「でも、お元気そうですよ」
「そんなことはない」
「元気ではないときの過ごし方って、どんな感じでしょうか」
「元気にしないことだな」
「ハア、でもそれでは能率が……。それに、しんどそうだと、体裁も悪いです」
「そこで、空元気を出すのだろうが、わしの年齢になると、それもしんどい」
「僕も最近体力や気力が落ちてきました。若い頃のような無茶が出来ません。多少体調が悪くても、いつも通り仕事をしていました」
「若い頃は回復も早いからのう。一晩寝れば治っておったりする」
「君は幾つだ」
「三十半ばです」
「では、落ち着いてきたということじゃ」
「はい。だから、あまり無理はしません」
「わしの年になると、無理をしようにも、その無理さえ出来ん」
「はい」
「まあ、もう誰も期待せんから、影響はないがな。だから、疲れたらすぐ横になっておる。特に急ぎの用もないしな」
「羨ましいです。すぐに休憩できるなんて」
「のんびりしておるように見られるが、体力回復中で、結構忙しいのだ」
「誰がですか」
「だから、体がだ」
「しんどいときは、どのような過ごし方をされておられるのですか」
「何もせんのが一番じゃが、それでは退屈じゃ」
「そうですねえ」
「だから、元気のないときに過ごせるネタを作らんと駄目なんだが、これがなかなかない」
「そうですねえ。町に出ても、テレビを付けても、元気な人向けですからねえ」
「しかし、元気のない暗いテレビ番組を見ていると、余計に滅入る」
「じゃ、今日はこれで失礼します」
「そうか」
「あまり長話では、お疲れになるかと思いまして」
「そうじゃな。確かに疲れる」
「では、またご機嫌伺いにまいります」
 客が帰った。
 まだ昼前だが、老人はその日一日分の体力を使い果たしたようだ。
 
   了




2013年6月1日

小説 川崎サイト