小説 川崎サイト

 

安い品物

川崎ゆきお



 こちらの認識と相手の認識とは違う。よくあることだ。ただ単純な用件でなら問題はないだろう。
 富田はコンビニで安い食品を三点ほど選んでレジ台に置いた。可能な限り安価なものだ。それよりも高い物がない場合もあるが、元々安い品物である。つまり、食べたい食品ではなく、安い食品ばかりを選んでいる。
 これは富田が意図的、作為的に選んだものだ。安くあげたいという認識がそこにある。
 その三点、富田の認識が果たして店員と何処まで共有できるかだ。店員は客として認識し、バーコードの場所を探し、計算し、袋に入れ、手渡す。だから、メインはその流れであり、客がレジに来たので、素早く処理するのが最大の認識だろう。この場合、認識というほど大げさなものではない。つつがなくスムースに一連の流れを果たせばいい。
 これが店員の認識だとすれば、富田の認識は何処へ行ったのだろう。この店員の認識に合わせると富田のことだけを考えているわけではなく、他の店員や、他の客のことや、並行してやっている用事も頭の中にある。早くレジから離れて、棚の整理等々、富田が想定している店員の認識とは違うかもしれない。ましてや、安い物を選んで並べた富田の狙いなど頓着していないかもしれない。忙しいので、そこまで頭が回っていないだろう。それは用件ではないためだ。そして、仕事でもない。感想程度、印象程度だろう。場合によっては店員は自動認識でロボットのように動いているかもしれない。
 だが、富田は安いのばかり選んだことを気にしている。それは自慢すべきことではなく、好みの問題でもなく、単に節約したいだけのことで、本来なら、もっと美味しい物を買いたい。安い物が好きなので買っているのではない。
 それしか買えない経済状況にあるためだ。そこが本陣であり、ここに迫られるのは避けたい。もしこの店員がそこまで頭が回り、その意図を見抜いていたとすれば、本陣が破られたことになる。
 この場合、互いの認識の違いは大したことではない。何もトラブルは起こらないだろうし、むしろ、ここでは富田の認識を店員が共有してしまうと困るのだ。困ったとしても、それで問題が起こるわけではないので、これは富田の独り相撲。取り越し苦労だろう。
 それで、店員の表情から安物買いを見透かされていないと富田は認識し、安心した。
 だが、レジで毎日のように人と商品とを見ていると、これは感づいてしまうことだろう。
 ただ、感づかれていないと認識した富田は平穏を維持できる。
 
   了
  


2013年6月7日

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