小説 川崎サイト

 

梅雨の晴れ間

川崎ゆきお


 梅雨の晴れ間の暑い日だった。まだ真夏ではないため滝田は油断していた。この油断は少し暑い程度のことで、大きな問題ではない。しかし、暇を持て余している滝田にとり、これは大きな変化なのだ。しかも意外な。
 ただ、幾年月も梅雨から夏にかけての変化を見てきているので、分かっていそうなものだ。
 決してそれは忘れたわけではないが、一年単位の事柄は、普段頭にないようだ。
 その昼過ぎ、炎天下であることは、出掛ける前から分かっていたが、頭にあったのは雨が降っていないでよかった程度。傘を持って行こうかどうかばかりを気にしていた。炎天下での備えはなかった。
 駅ビルのパーラーへ行くのが滝田の日課になっており、いつもの裏道を右に左にと曲がりながら、駅へと向かう。交通量が少ないためだ。これは滝田が編み出した裏道ルートで、非常に大切にしている。決して滝田の私道ではないものの、自分の道だと思っている。
 家を出てからすぐに暑さにやられた。人っ子一人出ていない。暑いので控えているのだろう。
 滝田は予定を変更せざるを得なくなった。これは真珠湾に向かう機動艦隊の提督のような心境だ。潜水艦に見つかるわけではないが、この暑さから逃れたい。
 長年この一帯に住んでいる滝田なので、土地勘は十分ある。真夏向けのルートも知っているのだ。
 いくら暑くても、炎天下でも、日陰さえあれば問題はない。逆に涼しいほどだ。滝田はそれを知っていた。そして、急遽そのルートに乗ることにした。
 それは高架下だ。これは最近見つけたものだが、もう数年になる。地上を走っていた線路が高架になり、そこに日陰が出来ている。高架の両側に細い道があるため、どちら側かに影が伸びている。その真下を行けばいいのだ。これはとっておきのルートで、猛暑のときにしか使っていない。なぜなら高架下の道はあまり風景がよくないからだ。
 しかし、この暑さには耐えられないので、高架下へと向かった。どうせ駅前に出るのだから、線路伝いになら、黙っていても駅に出る。パーラーで冷たいものを飲むことを楽しみに、高架下に潜り込もうとした。
 そのとき、滝田は大きな流れを見た。いつも殺風景で、誰もいないはずの高架下の道に人がかなりいるのだ。徒歩もいるし自転車もいる。まるで商店街だ。または花火見学へ向かう行列のようだ。
 滝田だけが知っている日陰のあるルートだと思っていたのだが、みんな知っていたのだ。
 滝田もその列に加わる。影は車道に出来ており、大勢がそこに入り込んでいる。これだけ人数が多いと、車の方が避けてくれる。
 この高架脇の道は、日陰が出来るだけではなく、雨の日は傘になる。みんなよく知っているのだ。
 そのことは去年体験済みなのだが、今年は人数が多いようだ。
 そして滝田はその流れに乗り、駅に到着し、駅ビルのパーラーで冷たいものを飲むことが出来た。たったそれだけのことだが、大きな任務を果たし終えたように感じた。暇なのだ。
 
   了
 




2013年6月10日

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