人型布呪詛
川崎ゆきお
上司を呪い殺す。もうそれしかないと高島は感じた。他に策はない。逃げ場所もない。窮鼠猫を噛む……だ。しかし、直接噛めない。それで呪詛を思い付いた。この発想自体があり得ない。解決策にも何もならない。
「呪詛ですかな」
老婆が懐かしいような顔をする。それは孫を見るような表情だ。しかし無邪気ではなく、邪気を含んでいる。
「出来ますか」
「まあ、呪詛はもう罪にはならんので、気楽にやればいい」
「やってもらえますか」
「だから、罪にはならんと言っておるじゃろ」
「だから、やってもらいたいのです」
「罪にならんということはじゃ、呪詛では人は殺せん。ダメージも与えることも出来ん。無害なのじゃ。だから、罪にはならん。やっても無駄だということじゃ」
「藁人形に五寸釘を打ち込んだり……とかは、どうですか」
「丑三つ参りじゃな。しかし、こんな都心に近い町では、そんな場所はない。夜中でも人がおる」
「神社の裏とか、公園の茂みとかは」
「やるのなら、人のいない山奥でやることじゃな。しかし、ターゲットと離れすぎておると、無理かもしれん。まあ、丑三つ参りは素人がやることでな。昼間お百度参りをやるのと同じじゃ」
「では、プロのあなたがやって下さい。お礼は払います」
「いやいや、私はプロではありませんがな。それなら今まで何人も呪い殺したことになりますでしょ。まあ、そんな依頼はないので、やったこともないが」
「じゃ、やって下さい」
「私も物の本に書かれたことでしか知らん」
「坊さんが護摩焚きしているのをドラマで見たことがあります。あれがプロでしょ」
「そうじゃが、呪詛では死なん」
「どうしても、上司にダメージを与えたいのです」
「まあ、その理由は聞きとうないが、呪詛が効く方法はある」
「本当ですか」
「ああ」
「どうすればいいのですか」
「やるかね」
「はい、お願いします」
「ただし、保証の限りではない」
「何かしないと気が治まりません」
老婆は布を取り出した。
「これは腰巻きにしようと思っておった布だが、まあいい」
「腰巻きですか」
「腰巻きお千に憧れておった。言うても分からんだろうが。まだ巻いておらんから、気にするな」
老婆は折りたたんだ折り目から人型になるようにくり抜いた。それを重ねて、周辺をまち針で留めた。
「どんなお顔ですかな」
「ああ、上司ですか」
「私は似顔絵は不得意なので、あなたが書きなさい。この顔の部分に」
「はい」
老婆は筆ペンを渡した。
稚拙な絵だった。それだけに怖い。スーツ姿の上司が書かれていた。ほとんど落書きだ。
「これを藁人形のように使うのですか」
「いや、これを、その上司という人の机の引き出しにでも投げ込みなされ。それだけでいい」
老婆は、その人型布の裏に(呪)の文字を書き込んだ。
「それだけでいいのですか」
「これは単純な方法じゃが、一番簡単でな。呪詛は呪詛されていることを知ることで呪詛になる。隠れてこっそりでは相手は分からん」
「はい」
「呪詛されていることを知った瞬間、呪詛効果が現れる」
「ほう」
「誰かに呪われておると思うと怖いじゃろ。気持ち悪いじゃろ」
「はい、それはいいアイデアです」
そして翌日、上司の机の引き出しに、その人型布を差し込んだ。
二日後、効果はなかった。上司は元気そうだ。
一週間後も同じ。そして一ヶ月後も。
高島は上司があれを見ていないのではないかと思い、机の引き出しを覗いた。人型布は移動していた。書類などの一番下に隠すように。上司は呪詛を受けていることを知っていたのだ。
その後も上司の様子は変わらない。そして、いつものように高島に辛く当たる。しかし、高島は意外と平気だ。
ああ、この効果なのか、と、やっと気付いた。
了
2013年6月11日