小説 川崎サイト

 

妖怪展

川崎ゆきお


 妖怪博士は妖怪展に呼ばれて行ってきた。そのままだ。
 しかし呼ばれるだけの条件が必要。そうでないと入場料を払わなければならない。妖怪博士は主催者側のスタッフに知り合いがいたため、こっそり入れてもらえたのだが正式なものではない。つまり招待ではない。当然企画段階から彼は入っていない。
 妖怪展は大きな会場だが、入場制限で並ばないと入れないほどだった。普通の絵画展などでも使われる大きな箱なのだが、想像していたより客が多かった。
 妖怪博士は行列が嫌いだ。何処かにこっそりと入れるような搬入口などがあるはず、それを探した。
 先ずは非常階段を見つけた。会場は美術館並みに天井が高い。一階はロビーと展示、二階がメインフロアだが、搬入が大変だろう。普段は小規模な国際展示場として使われているらしい。
 非常階段で二階へ上がろうとしたとき、警備員に捕まった。これは予定していたことで、スタッフの名前を言い、呼んできてくれと頼んだ。
 西田という青年がすぐに来た。
「もう見たのですか」
「並んでおるので、まだ入っておらん」
「あ、よかった。こちらから」
 建物の裏側にあるスタッフ用フロアは楽屋裏のように入り組んでいた。大きな鉄の扉がある。これが搬入用のエレベーターだろう。
 階段がエレベーターになったあたりから、怪談は減った。と、感想文で書くところだが、そんな原稿の依頼はない。
「あそこにドアがあるでしょ。開きますから、さっと入ってください。二階のメイン展示フロアに出ます」
「あ、そう」
 スタッフの西田は、それをドアからかなり離れた場所から説明している。黙ってドアの前まで連れて行けばいいのだ。
 物事には事情がある。西田はイベントスタッフとはいえ、バイトのバイトなのだ。だから、他のスタッフに見つからないように、こっそりと妖怪博士を入れないといけない。
 これは何を意味しているのか。それは妖怪博士の地位を意味している。主催者や妖怪関係者と深い繋がりがないのだ。関係する偉いさんではなく、下っ端の下っ端しか面識がない。
「妖怪展と言っても、四谷怪談まで扱っているんですよ。幽霊も多くいますよ。あの有名な掛け軸や屏風や襖絵なども。生で見られますよ」
 西田は通路を注意深く伺いながら、誰もいないことを確認後、さっと妖怪博士の背中を押した。
「ロックを解除すればドアは開きます。あとは僕が閉めますから」
「分かった」
 妖怪博士も釣られて小走りでドアまで行き、カチッと開け、さっと中に飛び込んだ。
 そこに黒い塊があった。
 警備員の背中だった。相撲取りのように広い。塗り壁のように。妖怪博士は気付かれないように、横へサーと蟹歩きで滑り抜けた。
 会場は入場制限をしているためか、意外とすいていた。
「あ」
 警備員が妖怪博士を見つけたようだ。一人だけ流れが違うところから現れたためだ。
「あの」
 猫背の妖怪博士は、幅広の帽子で振り返った。
「あ、関係者の方でしたか」
「はい」
 妖怪博士は腰をさらに曲げ、何かの妖怪のふりをした。妖怪に扮したスタッフがたまに巡回しているように。
 展示は江戸時代から明治に書かれた妖怪画が多かった。ものが小さいので、拡大コピーし、壁に掛けてあった。中には彩色されているものもある。あとで色を付けたのだろう。
 どの妖怪も、妖怪博士でなくても、よく知られている妖怪やバケモノ絵だった。
 妖怪博士が展示場からロビーに出ると、まだ人が並んでいた。そこへ先ほどの西田が現れた。
「すみません。お呼びしながら、こんな感じで」
「いやいや、それはいい。しかし、いいタイミングで出てきたのう」
「はい、監視モニターで分かります」
「その監視モニターとやら、妖怪を写しておらんかい」
「写っていないと思います」
「そうだろうなあ」
「もし写っていたとしたら」
「ん?」
「妖怪博士が突然現れた絵でしょうか」
「むっ」
「お茶をしたいのですが、終わるまで残らないといけませんから、これで失礼します」
「ああ、ありがとう」
 妖怪博士は久しぶりに都心に出たので、疲れたようだ。
 
   了



2013年6月20日

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