小説 川崎サイト

 

出ない妖怪

川崎ゆきお


「どうもいかんのう」妖怪博士が呟く。
「出ませんか」妖怪博士付きの編集者もため息をつく。しかし、この問題は最初から無理なのかもしれない。つまり、妖怪がなかなか出ないのだ。
 そのため、最近は妖怪を見つける話ではなく、妖怪が出ない話ばかりになっていた。
「幽霊はよく出るのですが」
「ああ」
「霊感のある人が見たとか」
「ああ」
「何かコメントを、博士」
「範囲が広いからじゃろうなあ」
「出る範囲がですか。でも幽霊が出る頻度も落ちているんじゃないですか。妖怪も落ちていますが幽霊も落ちていると思いますよ。右肩下がりです」
「呪いとか、祟りとか、魔除けとか、そちらのほうは、まだまだ需要があるようじゃ」
「そうですねえ。占いなんかも流行っていますし」
「生活の中に入り込んでおるのじゃろう。妖怪のせいにするより、霊障にする。これは範囲が広い。それに比べると妖怪は遊びだ。そこが弱い。実用性がないためだ。それに昔のように妖怪の仕業としても、その妖怪に信頼性がなくなっておる。信じられんからのう。また、妖怪と結びつける人も希じゃ」
「博士はやはりどこかに妖怪は存在すると考えているのでしょ」
「いたりしてなあ」
「でも、出ないですねえ」
「噂も聞かん」
「困りました」
「形が欲しい。具体的な」
「それは動物を合成したようなものですね」
「よくミイラとなって残っていたりするのう」
「それはもうばれていますから、駄目ですねえ。形を追いかけても出てきませんよ」
「しかし、幽霊では駄目だ。妖怪でないと」
「でも、いかにも妖怪ですよっていう形の妖怪は無理なんじゃないですか。それらは江戸時代に書かれたものがほとんどでしょ」
「形になる前の何かがあった。そう思いたい」
「珍獣じゃなくてですか」
「広くいえばモンスターじゃ」
「はいはい。その線、いいですよ。拡がります。妖怪を魔獣として見れば、ウジャウジャいますよ」
「その代わり、魔法使いもウジャウジャ出て来よるだろうなあ」
「それは怪人が出て来れば探偵が出て来る。探偵がいるから怪人が出て来る。これと似た構図ですねえ」
「そうじゃ。お祓い師がおるから、祓われるべき地霊やバケモノなどの対象が出てくる。どちらが先かは分からん。同時かもしれんしな」
「妖怪バスターがいるから妖怪が出る。と言うわけにはいきませんか」
「いかん」
「なぜです」
「街並みを見よ」
「はい」
「妖怪退治という看板はあるか」
「ない」
「ネタとして成立せんようになっておるのだ」
「霊感や占いはあるのに」
「妖怪はない」
「じゃ、先生の活躍の場がない」
「これは世間の油断じゃ」
「先生の油断ではなく?」
「今のところノーガードだ。妖怪に関しては」
「はい」
「この隙がどうも怪しい。厭な予感がする」
「意味が分かりませんが」
「妖怪はいないという常識に縛られ、出ておっても気付いておらんのかもしれん」
「はあ?」
「その場合、形じゃない。形としては見えん妖怪だな。まあ、むりとに形を作ることは出来るが、それは表示用でな。その実体は形をなしておらんかもしれん」
「それが博士が考えておられる妖怪ですか」
「ビジュアルがないので弱い」
「そうですねえ」
「気のせいだと言われれば、それまで」
「はい」
「ものの気配。これだな」
「また、考えておいてください」
「もう帰るのか」
「はい、テンションが下がりますから、今日はこれぐらいで」
「うむ」
 
   了



2013年6月26日

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