小説 川崎サイト

 

村の駅

川崎ゆきお


「陽が戻りましたなあ。また今日は暑い」
 町外れに古い松が何本か植えられており、小さな古墳のような丘になっている。小屋程度の高さで、敷地も狭い。石段を登るとお稲荷さんが祭られているのが見える。
「昨日はよく降りました。涼しくてよかったんですが、暑いならずっと暑い方が楽ですよ」
 似たような感じの二人の老人が石段の登り口に座って話している。丁度そこに木陰が出来ているためだ。町外れとはいえ、周囲は住宅で埋まりかかっている。昔の村と村の境界線あたりだろう。
「昨日は掛け布団を外して寝たので朝方冷えましたよ。今日は窓を閉めて寝たので、朝方暑くて暑くて」
「似たようなものです。私も」
「今日は温度が上がるようですよ」
「昨日冷えたので、体が暖まって丁度です」
「いやいや熱中症になりますよ」
 そこにもう一人、老人が現れた。この人も似たような感じで、その違いがよく分からない。
 三人は挨拶を交わす。常連さんだ。
 ここは村の駅で、散歩老人のたまり場になっている。
「たまには上のお稲荷さんに参らないといけないんじゃないかな」
「木村さんちがお世話しているようですよ。誰もお参りしないのでね」
「地所持ちの、あの木村さんですか」
「ここも木村さんの地所ですよ」
「そうだったなあ。忘れていました」
「昔は田圃だったんだけど、盛り土をしたらしい」
「子供の頃からあるので、それは知らなかったなあ。元は田圃ですか」
「田圃ならもっと広い。その一部ですな」
「稲荷信仰ですか」
「話は古い。大正の初め頃のようですよ」
「それがまだ残っているんだ。じゃ、この松もその頃からあるのかねえ」
「さあ、それは分からないけど……よく枯れるからねえ」
「稲荷信仰ですか。なるほど。マイ稲荷ですなあ」
「昔は農家の庭なんかに祭ってましたよ」
「でも、田圃に盛り土をしてまで……って、一寸熱心さが違いますなあ」
「噂によると、下に何か埋めてあるとか」
「え、何を」
「噂ですよ」
「教えてくださいよ」
「それは何か分からない。木村さんも知らないんじゃないですかね」
「じゃ、どうしてそんな噂が立ったのです」
「デマでしょうなあ。根拠のない」
「ほう」
「地所持ちで、羽振りがいいから、妬まれたんでしょうよ」
「でも、村の有力者でしょ」
「それはそれ、これはこれ」
「今の木村さんも知っているのですかな」
「ああ、噂は聞いていると思いますよ」
「掘り起こすことは出来ないでしょうなあ」
「木村さんが、手放さない限りね」
「しかし、それはやめた方がいい」
「どうしてですかな」
「だって、休憩場所がなくなるじゃないですか」
「ああ、そうですなあ」
 
   了



2013年7月1日

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