小説 川崎サイト

 

地下の場末

川崎ゆきお


 そこは何処なのかはおおよそは分かっているのだが、特定しにくい場所にあった。
 松下がまだ地下街をうろうろしていた時代だ。今はそういう時代ではなく、自宅周辺でうろうろしている時代に入っている。
 江戸時代とか明治時代とかの時代ではなく、個人的な時代区分だ。ただそんな年表はない。
 その地下街は都心の大きなターミナルから派生し、かなり遠くまで延びていた。しかも四方八方に。その中の一筋が、松下が通うオフィスに繋がっており、そこから地上に上がるのを日課にしていた。つまり通勤路が地下街、地下通路なのだ。
 出勤するときは、最短距離になるように通路を選んでいるが、帰りは適当に歩いた。
 そこが何処なのかを思い出しにくいのは迷いながら入り込んだ場所のためだろう。左右にテナントがあったりなかったりし、さらに何処にも繋がっていそうにない枝道がある。おそらく地下商店街ではなくビルの地下だろう。
 松下は、仕事場からの帰り道、この地下街全マップを踏破した。その中に人跡未踏の地があったわけではない。ただ、知らないビルの地下に入り込むと、そこはもう通路ではなく、普通のビルの中なので、人跡未踏ではなく、関係者以外は入ってはいけないだけの場所になる。
 さて、松下が思い出しているのは、メイン通りから外れ、かなり奥にあるエリアだ。迂闊なことに方角を見失っていた。それさえ覚えていれば、だいたいの場所は分かる。分からないと似たような場所が多いので、何処なのか見当が付かなくなる。そして、確かにそこから抜け出し、帰って来れたのだから、決して不思議な場所ではない。しかし、何処をどうやってメイン通りまで戻れたのかは忘れている。これさえ覚えているなら、方角が分かり、場所も特定しやすい。
 その場所が何処だったのかを、何十年も経った今、未だに思い出そうとしていているのだ。おそらくその気になって歩き回れば見つかるだろう。しかし今はもう年月も過ぎ、テナントも変わっているはず。また改装もされているはずなので、印象が随分と変わっているに違いない。だから、そこを通っても分からないかもしれない。
 そこは地下街の突き当たりだったように記憶している。壁の向こうは店だが、その奥は地中だろう。向こう側へ抜ける通路がなかった。どん詰まりなのだ。そこに紅茶専門店があった。かなりレトロな内装で異世界へワープしたような感じだった。これは有力な手がかりなのだが、すぐにつぶれたのか、紅茶専門店を探しても見つからなかった。
 地下街にある場末なのだ。その場所へ、もう一度行ってみたいのだが、松下のイメージの中だけに凍結させておいた方がいいような気もした。
 その後も思い出すが、探さないことにした。
 
   了


2013年7月2日

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