小説 川崎サイト

 

老人譚

川崎ゆきお


「あれはいつ頃からだろうかなあ」
 老人が昔話を始めた。
「どんなお話ですか」
「いつ頃から老人になったのかを考えていた。いや、思い出していた」
「それは、年を取ったからでしょ」
「老人の年になる前から何となくその前触れのようなものがあった。しかしそれは意外と十代のことなんだなあ」
「十代と言いますと」
「半ばか」
「はい」
「ほら、よく年寄り臭い青年がおるだろ。子供でもよい」
「ああ、いましたねえ」
「大人よりも年寄りに憧れていたんだろうねえ。きっとその連中は。私もそうだが。つまり、大人よりさらにレベルが高いのが年寄りだ。まあ、長老だな。だから、その長老に憧れた」
「はい」
「分かるか」
「何となく。僕にはその経験はありませんが、理解は出来ます」
「だから、その頃は年寄り臭いことを言ったり、考えたりしておったなあ。お墓がどうの、家相がどうの。近くの神社がどうのとな」
「はい」
「そこから一気に年寄りになって行ったわけじゃない。二十歳を過ぎたあたりから普通の社会人となる。そうなると、そんなことも言ってられない。まだ若いので長老にはなれんからな」
「当然ですねえ」
「そして、普通の青年になった。その後しばらくは普通の大人だよ。年寄りじゃなくね。発想もそうだ」
「じゃ、いつ頃からお年寄り路線が復活したのですか」
「懐かしく思うようになったからかな」
「昔のことがですか。それはよくありますねえ」
「いやいや、それもあるが十代の頃、なろうとしていた長老を思いだしたんだよ。あのときの路線は残念ながら中断されたが、退職後、それが出来るようになった」
「じゃ、原型は思春期にあったのですか」
「あの頃は選択肢が広く、何にでもなれそうな雰囲気があったからねえ。大人になると、どんどん狭まる」
「では、年寄り臭いとは、どんな臭さですか」
「臭いわけじゃないが、まあ、臭い話が好きになる」
「はい」
「線香臭い話がね。昔からあるようなものをもっと知りたくなった。子供の頃、よく物を知っておった年寄り連中のような知識が欲しい」
「老人の知恵ですか」
「そうじゃない。そんなもの今の時代、当てはまらんだろう」
「はい、じゃあ?」
「訳の分からん言い伝えや、迷信などに興味が走る」
「ほう」
「昔の年寄りが、よくそんな妙な話をしていた。大人になると、それは全部嘘だと分かったんだがね。今はそうじゃない。意外と本質に触れていたんじゃないかと……これは曲解だがね」
「それはどういうことでしょうか」
「語っていることは嘘なんだが、その中に何かがある」
「難しい話ですねえ。それはお年寄りの話とは少し違うような気がしますが」
「きっと暇なんだろう。余裕が出来た。もう実用的なことはしなくてもいい」
「ちょっと違うような気がしますが」
「年寄りの心境に入るとは、そういうことではないかもしれんが、今まで無視していたことを、復活させたい」
「え、何を無視されていたんですか」
「だから、迷信とか、言い伝えとかだよ。古くからある伝統でもいい。骨董品でもいい。昔、葬り去られた思想や形式でもいい」
「そのあたり、お年寄りらしいです」
「そうそう、一般的な年寄りだよ。その心境は子供時代に向かっているのかもしれん。あの頃、その扉が開いていたんだよ」
「よく分かりませんが、今日はこのへんで」
「そうだね。こういう話は、何の実用性もないからねえ」
「あ、はい」
 
   了



2013年7月9日

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