小説 川崎サイト

 

貧乏臭

川崎ゆきお


「最近興味を持っていることは何ですか?」
 面接官が質問する。
「貧乏神です」
 面接官の細い目が少しだけ開いた。
「貧乏神」
「はい」
「どうしてですか」
「昔、貧乏神の漫画を見たのです。子供の頃、見たのですが、最近気になりまして」
「それは興味とは違うのでは」
「貧乏神が趣味ではありません」
「興味と趣味とは違います」
「はい、趣味ではなく、貧乏神に対する興味の方です」
「どのような興味ですか」
「貧乏に関しての興味です」
「貧乏」
「はい、貧しいのではなく、ビンボーなのです」
「ビンボー」
「貧しいのと貧乏とは違います。そして、貧乏とビンボーとは違います」
「それは興味の部類に入りますかな」
「入ると思います。貧乏から様々なことが見えてきます。そのビンボーを象徴しているのが貧乏神なのです。神なんですよね。神」
「では、この質問はそれぐらいにして」
「もっと話したいのですが」
「いえいえ、あなたのことがよく分かりました」
 面接官は、もう終わったような顔で、視線は宙に浮かす」
 それから二時間後。面接はすべて終わった。
「印象に残ったのは貧乏神君ですねえ」
「パフォーマンスかもしれん」
「そうでしょうか」
「だって、貧乏神に興味があるって、妙じゃないか。言わないだろ」
「本当にそう思っていたのでは」
「えっ」
「だから、正直に答えた」
「そこまで正直にはなれんでしょ。面接なんだから、話題や言葉を選ぶはず」
「どんなものでしょうか」
「面接はこれで全部か」
「三十人です」
「採用は」
「二人です」
「一人はもう決まっているねえ」
「はい、あの方の紹介ですから」
「じゃ、あと一人」
「まずは貧乏神君を外すべきでしょう」
「どうして」
「社が貧しくなります」
「それと貧乏神とは関係がないだろ」
「まさか」
「あの貧乏神を入れたい」
「そんなことをすると、まともな新規採用は一人もいなくなりますよ。馬鹿坊やと貧乏神。何ともなりませんよ」
「それでいい」
「悪い趣味ですよ」
「趣味と興味とは違う」
「どちらにしても、悪趣味です」
「こんな人材しか入って来ない……それを言いたい」
「やけにならないでください」
「どうせ、この会社にはもう将来はないんだ。誰を入れても同じようなものだ。ここは私の趣味と興味を楽しみたい」
 一年後、この会社は倒産した。貧乏神の社員が入ったことが原因だと噂が広まった。
 それ以前から、ビンボー臭が社内に漂っていたので、貧乏神の道が既に通っていたのだろう。
  
   了

 


2013年7月10日

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