小説 川崎サイト

 

ネット散歩

川崎ゆきお


 富田はネット上での散歩コースを持っている。巡回コースだ。リアルな散歩と違い、ブックマークから一気にジャンプ出来る。ワープだ。ほぼ瞬間移動。
 起床後、すぐにアクセスするのは天気予報。最近では住んでいる場所のスポットを見ている。部屋に寒暖計はあるのだが、ネット上での今の気温も調べている。同じ地域でも計っている場所が違う。だから、富田の部屋にある寒暖計とは異なる数値を示している。それだけではなく、別のサイトのスポットを見ると、また違う。さらに、天気予報も違う。数時間後の空模様や風速、湿気なども、また違う。
 さすがにこちらが晴れているのに、雨になっているわけではない。大きな違いはない。
 富田はそれをチェックすると、次はニュースサイトを見る。寝る前に見た見出しがまだ残っていることもある。朝ならテレビを付ければ、同じニュースを繰り返し繰り返しやっているので、そちらを見た方が早いのだが、ネットなら一目で分かる。また、見たくないニュースまで見る必要はない。
 次は友人のブログを見る。これはいつ更新されるのかは、毎日見ていると、だいたい分かる。この友人は夜に更新、この友人は朝に書き込む……等々。ただ、更新のない日も多い。ブログの内容はほとんどが日記だ。ほんの数行程度では読み応えはないが、無事に暮らしているだけでもいい。安否確認用だ。これも電話すれば早いのだが、そんな用事は滅多にない。
 次に見るのは、ニュース系の掲示板。最近の出来事について、語り合っている。毎日見ていると、いつもよく書き込んでいる人を覚えてしまう。富田とは関係のない人だが、結構身近な存在として馴染んでいる。
 次に行くのは写真サイトで、主に風景写真を見る。
 当然SNSも富田はやっているが、書き込むことはほとんどない。覗くために参加しているようなものだ。五十人ほどの友人がいるので、何人かの書き込みが常に流れている。その記事から、記事元のウェブページへ飛ぶのも楽しみの一つだ。意外なところへ飛ばされるが、いつもの散歩コースにはない世界なので、これも楽しめる。
 そして、一巡後、また一から回る。二回目だとさすがに変化はない。これは分かっていることなので、ある方が逆に邪魔くさい。足止めされるからだ。そのため、二回目の巡回は早い。
 富田はそうやって熱心にネットをやっているのだが、自分からは発言しない。覗いているだけなのだ。それを風景として見ている。
 リアルでの散歩と同じで、変化の少ないものを見て回る。息抜きなのだから、その程度しか期待していない。逆に変化があると困る。ただ、小さな変化なら歓迎だ。
 これは意外と飽きない。なぜなら、やらなくてもいいようなことなので。
 富田自身にも世界があるように、ネットでの飛び先にも世界がある。小さな世界もあれば大きな世界もある。
 それも含めて富田の世界なのだ。それだけのことなのだが、人々や社会の蠢きから、何となく伝わってくるものがある。
 
   了


 


2013年7月11日

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