小説 川崎サイト

 

自転車の駅

川崎ゆきお


「間が持たんねえ」
「そうですなあ」
 いつもの自転車の駅での会話だ。
 自転車の駅とは、自転車散歩をやっている人が集まる場所。ただ、サイクリングというほどのものではなく、町内をうろうろしている連中だ。中高年の男性が多い。多いと言っても四五人だろうか。
 その駅は神社前で、方々に道が延びている。昔の村道のターミナルのようなものだ。バスなら確実にここはターミナル駅になるのだが、その規模ではない。
「何か趣味が必要なんじゃないですかね。こうして自転車で走っていても、ぼんやりその辺りを見ているだけですから。これは何か無駄を無駄として楽しむ程度ですからねえ」
「ライフワークが必要なのでは」
「ワークですか」
「まあ、仕事のようなものですよ。儲からなくてもいいし、世の中に貢献出来なくてもいい。要はやることがないから、何か目的を持ち、それを実践する作業行為がないと間が持たない。そういうことでしょ」
「そうそう」
「ここで、こうしてお喋りをやっているのもいいですが、生産性がありません。何となく不満に思っているのは、それなんですなあ。散歩なんて息抜きですよ。抜きっぱなしじゃないですか。何かをやっている最中、一寸の休憩が息抜きなんだな」
「そうそう、その通り。物足りないんですよ」
「だから、ライフワークなんだ。ワークが必要なんだ」
「ありますか」
「あらいでかい」
「ほう、それは何でしょう」
「それを考えながら、自転車でうろうろしておる」
「じゃ、ないんですね」
「考えておることが、即実践じゃ」
「考えているだけじゃ実践じゃないでしょ」
「いきなり実践に進めんじゃろ。何を実践するのか、何を仕事にするのかを先ずは考えないと駄目じゃないか」
「ああ、なるほど、それでいい知恵は出ましたか」
「最中じゃ」
「長いですよね」
「何個かは出たのじゃが、今一つでなあ」
「ライフワークって、地味な作業だと思いますが、どうですか」
「だから、畑でもあれば耕すし、山持ちなら山の手入れや、山の幸を採取する。川があれば、川魚を釣る。こういうのは特に考えなくても即実践じゃ。ところが、ここは町。そういうわけにはいかん」
「いっそ、田舎へ引っ越されてはいかがですか」
「それはそれで寂しい」
「なるほど」
「おっと、長話がすぎた。自転車で走りながら、ライフワークネタを考えるとするよ」
「じゃ、仕事じゃないですか。それは」
「そうだよ。ぼんやり走っているわけじゃない。作業中なんだ」
「じゃ、行ってらっしゃい」
「ああ」
 実は、この自転車の駅がライフワークなのかもしれない。
 
   了

 


2013年7月12日

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