小説 川崎サイト

 

鬼退治

川崎ゆきお


 古い屋敷に鬼が出る。妖怪博士はその調査を頼まれたのだが、もう解は出ているような気がした。しかし、一応調べる振りをしないといけない。これは仕事なのだから。
 鬼は夜中に出るようだ。場所は郊外にある古い旧家。築百年以上は経っているが、その程度なら歴史的建造物には入らない。中途半端な古さだ。建て替えなくても持っているのだから、しっかり作られたのだろう。
 妖怪博士は、まずその家を見せてもらった。柱が太い。敷地はそこそこ広い。母屋は二階建てではないが、屋根裏はある。ただ、部屋として使っていない。そのため、床はない。天井板の裏側だ。
 間取りが広く、離れもあるので、上り下りが面倒な二階は必要なかったのだろう。
 妖怪博士はまず屋根裏を見せてもらった。そこに上がるには、天井板を持ち上げないといけない。つまり、無理とに上がらないと、屋根裏には入れない。まあ、用もないのだろう。ただ、空気抜きの格子窓が入っている。これは床下の空気抜きと同じようなもので、メンテナンスフリーだ。
 鬼がいるとすれば、この屋根裏ではないかと、妖怪博士は考えた……わけではない。一応だ。一応調べているだけのこと。
 鬼が出るのは家族構成と関係しているのではないかと考えた。考えることは色々あるが、鬼の発生は人間関係にあると見ている。だから、屋敷内をいくら探しても、何も出てこない。
 それを聞き出すのは結構骨だ。鬼と家族関係とはあまり関係はない。だから、直接聞きにくい。
 二人の老人、これはお爺さんとお婆さん。そして長男夫婦と子供二人。そして、お爺さんの弟。家族はそれだけだ。次男は独立して、ここにはいないし、滅多に帰ってこない。
 これで、もう鬼の正体は分かったようなものだ。何も聞かなくても。
 つまり、お爺さんの弟だ。年はあまり変わらないので、この弟もお爺さんだ。普通、この弟は家を出て行くはずなのだが、生まれた時からずっとこの家にいる。一歩も出ていない。当然独身だ。もうこれだけでも怪しい。ただ、この弟は兄の仕事をずっと手伝っていた。仲のいい兄弟商会をやっていた。今はその店は閉めている。布団問屋をやっていた。
 さて、本題である「鬼が出る」だが、鬼に覗かれるようだ。それも家族全員。高校生の子供がおり、この女の子が追いかけたことがある。足音も聞いている。その弟は中学生で、怪しい話が好きだ。だから、この二人が鬼退治に乗り出したようなのだが、なかなか捕まえられない。そして、二人で相談し、妖怪博士を呼んだことになる。
 もう、この時点で、その姉と弟は本物の鬼だとは思っていない。
 柱と襖の間から鬼が覗いていたこともある。近付くとさっと鬼は消えた。襖を開け、廊下に出るが、誰もいない。そのとき、振り返ればよかったのだが、意識は鬼が逃げたであろう廊下側へ向かっていた。こういう話を聞いていたので妖怪博士は真っ先に屋根裏を見たのだ。
 天井の裏側は埃りを被り、蜘蛛の巣だらけ。しかし、それが取れている箇所がある。誰かが掃除をしたように。だから、あの柱と襖のある真上を見れば、天井板が外れていることが分かったはずだ。
 つまり鬼の面を上から吊していたのだ。そして、ぐっと引くことで姿を消したように見せた。非常に単純なトリックだ。そして、犯人も分かっている。そんなことをやりそうなのは、あの年老いた弟だろう。
 ただ、理由が分からない。家族を驚かすような、そんな悪戯をするには、それなりの理由があるはずだが、そこまで妖怪博士は立ち入れない。鬼退治をすればいいのだから。
 仲のよい兄弟商会。兄は家族を持ち、弟は独身のまま。これがまず分からない。何か訳がありそうだが、これは鬼とは関係がない。
 その兄も鬼を見ている。家族全員が鬼を見ている。当然年老いた弟も見ている。
 妖怪博士は、どんな感じのフィニッシュがいいのかを考えた。鬼の面を探し出し、その持ち主を示せばいいのだろうか。これが本物の鬼なら話は単純だ。鬼の面は、顔だけ。それに首から下が加わり、手や足が付いたフルサイズの鬼となり、家族を驚かせる。鬼の妖怪だ。「と、言うようなことがあった」
「鬼ですか」
 妖怪博士付きの編集者は何とも言えない顔をする。何かもう分かり切った話のように思えたのだろう。
「だから、これは妖怪譚ではなく、人間の話になる。この家族の話になる。ただ、私としては、そういうことにはあまり興味はない」
「では、鬼に化けて驚かせていたのは、年取った弟なのですか」
「証拠はない。しかし、キャラ的にはそうだろう」
「そうですねえ」
「その屋敷に住んでおるものの仕業。その構成員は、お爺ちゃんと、その弟。そしてお婆ちゃん、その息子夫婦と子供二人。一番怪しいのは同居している弟」
「お婆さんはどうなのですか」
「まあ、天井裏は無理だろう。上り下りが大変だし、狭いところの移動もしんどそうじゃ」
「合われましたか」
「持病の腰痛がある。これは無理だ」
「結局犯人は、その年取った弟だったのですね」
「そうなんだろうなあ」
「え、違うのですか」
「探偵小説を読んだことがあるか?」
「あります」
「誰でも犯人に出来る。またはなり得る」
「はあ」
「その弟爺さんの部屋にも行ったよ。離れというより完全に別棟でね。屋根付きの廊下で繋がっておる。これは兄さんが弟のために建てたらしい。弟一家が住めるほどの間取りじゃ。しかし、一生独身だった」
「はあ、確かに妖怪譚じゃなく、別の話になっていきますねえ」
「私もそちらは苦手でな。聞きたくもない話じゃよ。鬼退治の話の方がいい」
「そうですねえ。大人の話になりますからね」
「そうそう、稚拙な話の方が私は好きじゃ」
「人生の話ですからねえ。重いです」
「まあ、それがいいが、その弟爺さん、鬼の面を出してきた」
「はあ」
「これでしょっ……てね」
「白状したのですね」
「白状も何も、まだ聞いていないのにだ。あなたが来たのは、この鬼のことでしょってね」
「じゃ、やはりその人がゴソゴソしていたんだ」
「隠すじゃろ。しらを切るじゃろ。とぼけるだろ、普通は」
「はい」
「それで、どうなりました」
「だから、これで解決じゃないか」
「ああ。あっさりと」
「そのことは当然家族に知られたはず。悪戯をしていたのは、うちのお爺ちゃんの弟だったと」
「それで、弟爺さんはどうなりました。ばれたんでしょ。ややこしいことをしていたことが」
「別に」
「別?」
「家族の反応は特にない」
「じゃ、依頼した高校生と中学生の姉弟の反応もですか」
「まあな」
「それで、本当に終わりですか」
「その鬼の面は紙で出来ておった。張りぼての土産物品じゃ」
「はい」
「それを私は庭で燃やした。家族全員が見ている前でな」
「はい」
「それで終わり」
「じゃ、何だったのですか」
「出来レースかもしれんのう」
「はあ?」
「私を呼んだことも含めてな」
「どういうことでしょうか」
「行事のようなものかもしれん」
「意味が分かりません」
「この家族というか、この家系に伝わる何かじゃないかな。鬼退治という行事じゃ」
「そう解釈しますか」
「まさか年中行事ではなかろうが、何年かに一度、この鬼退治をやるんだろうなあ。代々伝わっているんだろう」
「納得できませんが」
「まあ、私としては謝礼をいただいたので、文句はない」
「お金になる仕事は、何処か理不尽ですねえ」
「しかし……」
「何ですか博士」
「何かまだ、あの家族、隠しているように思えるのだよ」
「じゃ、行事じゃなく」
「まあ、それは知らんでもよいことじゃ」
「はい」
 妖怪博士は久しぶりに仕事をしたのだが、満足度は低かったようだ。
 
   了
 


2013年7月17日

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