小説 川崎サイト

 

三つの石仏

川崎ゆきお


 その町内には祠や石仏が三つほどある。黒田は引っ越し後、町内を探検し、それを発見している。
 祠は二つ。石仏だけは一つ。祠の中に石仏が入っている。だから、祠という囲みを取り外せば、石仏が三つあることになる。一つだけ裸の石仏があるのは、場所が狭いためだろうか。
 三つの石仏は近い場所にあり、十分もあれば回れる。
「このお地蔵さんは何ですか」
 ある朝、黒田は参りに来た老婆に聞いた。
「さあ」
 分からないらしい。
「子供の頃からありましたよ」
「何というお地蔵さんですか」
「さあ」
「この近くに、あと二つありますねえ」
「ああ、よくご存じで」
「そのお地蔵さんも、分からないのですか」
「何が」
「だから、どういうお地蔵さんか」
「石のお地蔵さんだろう」
「ああ、それでいいんですね」
 三つの石仏の中、一つだけ地蔵らしいが、あとの二つは適当だ。しかし、老婆はすべて、これをお地蔵さんと呼んでいる。祠がない石仏だけが地蔵さんの姿をしている。お供え物などは、この野ざらしの石仏が一番多い。一番人気のようだ。
 黒田が話しかけた場所はその石仏の前だ。
「こういうのを調べてる人はいませんか」
「聞いておらんなあ」
「どんな御利益があるか、とか?」
「何でも効くんじゃないかのう。私は足が悪いので、足に効くと思うておる」
「地蔵盆とかはありますか」
「あるよ。その時分はみんなでお菓子を買ってなあ。子供に分けるんだが、最近子が少のうてなあ。私らで食べておるよ」
「三つのお地蔵さん、全部ですか」
 つまり、三つとも地蔵盆の地蔵かと聞いた。
「いや、このお地蔵さんは、地蔵盆とは関係せん」
 祠のない石仏だけは、やはり外れている。
「どうしてですか」
「場所が狭いからじゃ。それに三つも横町にはいらん。二つでええ」
「祠のあるなしはどうしてですか」
「ああ、地蔵盆のためじゃ。提灯とか飾らなあかんからのう」
「お婆さんは、どのお地蔵さんが好きですか」
「そんな好みを言うとバチが当たるがな」
 しかし、この老婆も、この祠のない石仏を贔屓にしているに違いない。何となく黒田はそう感じた。地蔵盆の石仏は町内のものだが、このぽつりとある石仏は参り者勝ちのようなところがある。所属がはっきりとしないのだ。
 そして、祠がないので、敷居が低い。低いと言うより、敷居そのものがない。
「有り難うございました」
「ああ」
 黒田はマーケティング会社で胡散臭い仕事をしている。何かの参考になったようだ。
 
   了
 
 


2013年7月18日

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