小説 川崎サイト

 

雨鳴り

川崎ゆきお


 小雨ならそれほどではないが、強い雨が降ると雨鳴りがする。これは雨音で、雨垂れのことなのだが、雨そのものの音ではなく、雨粒が何処かに落ちて鳴る音だ。家鳴りがあるように、その家独自の雨鳴りがある。
 大村はそれを楽しみにしている。演奏を聞くようなものだ。それは部屋の中で聞く。この音は他では聞けない。そこだけの演奏。
 最初それを聞いたのは布団の中。隣の家の人が音楽を聞いているのか、またはテレビでも見ているのだろうと思っていた。たまにそういう音が漏れてくる。ラジオから漏れてくる音楽もそうだ。しかし、それとは音質や拡がりが違う。部屋全体が響いている。
 そして、カーテンを開け、外を見ると雨が降っている。それもかなり強い降りだ。雨そのものの音ではなく演奏として聞こえてくる。それに気付いたのは引っ越し後、何回目かの強い雨の日だった。
 大屋根から落ちてきた雨が樋に溢れ、それが漏れる。屋根の下の庇に流れ落ちる音や、何処かの隙間や地面に落ちる音。それらが重なった音のようだ。それが民謡のようにも聞こえるし、クラシック音楽や、歌謡曲のようにも聞こえる。最近では祭り囃子に聞こえる。誰かが合いの手を入れたり、かけ声を入れたり。
 中ぐらいの降り具合なら、聞こえない。かなり強い雨でないと。そしてそんなときはテレビの音がよく聞こえないほどになる。そして、演奏の音が聞こえる。要するに雨の音なのだが、部屋中に響きわたる。
 音が出ている場所は何となく分かる。窓側ではなく天井側なのだ。そこが一番落下の激しいところなのだろう。おそらく樋が壊れ、思わぬところから滝のように……そして非常に響きやすいところに。
 強い雨、さらにもっと強い雨の時は大音響になる。大演奏だ。このときはさすがにうるさいが、今まで聞こえなかったものも聞こえてくる。
 音は二十三十に重なり、また別の演奏や声に聞こえてくる。横になって休憩しているときは、ついつい聞き入ってしまう。
 これを大村は我が家の雨鳴りと呼んでいる。家が古いだけのことかもしれない。本当は修理が必要だ。
 
   了




2013年7月28日

小説 川崎サイト