小説 川崎サイト

 

白い少女

川崎ゆきお


 木の葉が揺れている。持田はそれを見ている。名は知らないが白い小さな花が茎から何本も出ており、それも揺れている。風が強いためだろう。
 初夏の湿った空気が嘘のように爽やかだ。いつもは蒸し暑く鬱陶しく感じるのに。
 持田は向かい側のホームを見ている。都心から遠く離れた小さな駅だ。電車の本数が少ないため、しばらく待たないといけない。
 待ち時間、他にすることはあったのだが、つい面倒になり、気を抜いてしまった。ベンチに座りながら、いい気分になっている。それで、木の葉の揺れなどが目に入ったのだろう。駅構内にある木や草花だ。塀のように並んでいた看板類は取り払われている。広告主が付かないのだろう。それで、今まで遮られていた風景が見えた感じだ。持田は何度かこの駅を利用しているが、こんな駅だったのかと、印象の違いを、少しだけ感じていた。
 それよりも緩んだ気が、揺れる梢をとらえたのかもしれない。いつもなら、まずは見ないものだ。
 風で動くものはあるが、それ以外は静止画を見ているような風景だ。晴れており、雲は見えない。
 持田は妙な気分になってきた。単にぼんやりとした頭で前方を見ているだけなのだが。
 いつもなら端末や書類をチェックしているのだが、今日はその気がない。これが少しだけ不思議だ。今まで全くそんな時がなかったわけではないので、あり得ないことではない。忙しい仕事の中での空き時間だ。
 揺れる小さな花を見ていると、ふーと、そこに白い服を着た少女が立っていた。いつ現れたのか分からない。それほど注意して見ていなかったためだろう。木や花とは違う。少女なのだ。これはやはり大きな変化だ。
 少女は手を振っている。木の葉の揺れ、花の揺れと似たような感じで、手が揺れているようにも見える。ただ、置物ではない。さらに少女は笑っている。
 持田は妙な空間に入ったのではないかと疑った。向かいのホームへ行ってみたくなった。しかしそれは危険だ。これは、この世のことではないのかもしれない。または持田が見ている幻覚かもしれない。ただ、今までそんな幻覚めいたものを見たことがない。だから、リアルな現実だと思うしかない。または別タイプかもしれない。
 もし、向こうへ渡ると、もう取り戻せない、取り返しのつかない、そして、戻れない世界に入り込むような気がした。
「危ない危ない」
 やがて、電車が来た。
 持田はそれに乗り込む。これでもう少女のいるホームへ渡る心配はない。無事都心まで戻れるだろう。
 そして、確認のため、そのホームが見えるドア越しに立った。
 少女はさらに大きく手を振り、微笑んでいる。
「じゃあな」
 小さな声が後ろで聞こえた。
 持田は振り返る。男が手を振っている。微笑みながら。
「そういうことか」
 少女がホームで合図を送っていたのは、持田の座っていたベンチの後にいたこの男だったのだろう。
 少女が見えなくなると、男も手を振るのをやめる。そして、照れくさそうに空いているところに座った。
 持田も空席を見つけ、そこに座る。そして、端末や書類を出し、チェックを始めた。
 
   了  




2013年7月30日

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