小説 川崎サイト

 

夏休みの友

川崎ゆきお


 暑い夏が今年もやってきた。墨田は夏の過ごし方を子供時代に戻している。完全に戻るわけではないが、あの頃のように夏は何もしないことにしている。冬眠ではなく夏眠だ。ただし、暑くて眠ってられない。そのため起きているが、目が開いている程度。何かにぶつからないように。
 墨田は古い家に住んでいる。狭いが庭があり、風通しもいい。
 子供時代といえば、夏休みだ。何もしないとはいえ、子供なのでセミ捕りなどに出かける。ただ、年取ってからはさすがに麦藁帽でトリモチの付いた竹竿片手では歩けない。そのため、外出は涼しそうな商店街を歩く程度だ。
 墨田は子供時代、一度もやったことのない夏休みの宿題のことを思い出す。分厚い宿題帳のようなものが配られた。「夏休みの友」と記されている。実際には学校が始まってから友達のを書き写した。
 そして、「夏休みの友」の友ではなく、本当の友がいた。名前は大久保で、不思議と夏場だけ遊んだ。セミ捕りや池や川での雑魚捕りなど、一通りの遊びをこの大久保と長い期間やった。
「そろそろ来る頃だ」
 年取ってからも不思議と大久保はやって来る。仕事の関係でお盆にしか顔を出さないこともあったが、毎年夏になると来るのだ。それが小学校の頃からずっと続いている。
「墨田君、いる」
 今年も夏休みの友が来たようだ。
「そろそろ来る頃だと思い、ソーメンを用意しておいたよ。食べるかい」
「ああ、それは、涼だ涼だ」
 さすがにこの年では一緒にセミ捕りには行かないが、はさみ将棋やオセロを何番かやる。たまには携帯ゲームで、競い合うこともある。
「今度怪談映画特集があるんだけど、行かないかい。夕方からなんで、出かけるにも丁度だし」
「あの名画館はもうつぶれているよ。どこでやるの」
「その近くにイベントホールがあるんだ。そこで」
「そうか、また誘ってよ。その日に」
「ああ」
 結局ソーメンを食べ、オセロをして、夏休みの友は帰って行った。二三日後、また来るだろう。
 墨田は怪談映画で思い出したのだが、さっきまでここにいた大久保は、生きていたのだろうか。
 急に怖くなり、ソーメンのガラス鉢を見る。
 確かになくなっている。出汁も減っている。
 まだ、大丈夫なようだ。
 
   了

 


2013年8月1日

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