小説 川崎サイト

 

ペースメーカー

川崎ゆきお


 山田は健康維持のため、徒歩散歩を続けている。散歩とは気の向くままにいろいろな場所を適当に歩く、つまり散策なのだが山田の場合、そんな感じではない。まるで電車のレールのようなコースを行って帰ってくる。だから寄り道を楽しむ散歩とは少し違う。単に幅二メートルほどの歩道を歩いているだけのことなのだ。
 山田の歩き方は遅い。殆どの人に追い越される。山田も急ぎの用事などがあるときは、もっと早く歩くのだが、特に用がないため、ゆるりとしている。目的地があるとすればスタート地点、つまり家まで戻ってくること。これは急がなくてもいい。
 ただ、そこを毎日同じ時間に歩いていると、いろいろなタイプの人と出くわす。
 歩き出して最初に遭遇するのは、いつも庭に出ている人だ。暑い日は麦藁帽に手ぬぐいスタイル。よく見ると、それは日本手ぬぐいではなく、タオルだ。しかし手を洗ったり顔を洗った後、それで拭うものだから、生地は問題ではないのかもしれない。この人は通りで見たことはない。いつも庭の中だ。
 その庭は道路と接しており、手を出せば届くほど。その仕切りは粗い金網のフェンスで、実際に手首程度なら入る。小さな家だが庭があり、そこで野菜を栽培している。山田はこの人をゴリラと呼んでいる。金網が檻のように見えるためだ。また、この人は黒い。日焼けして真っ黒なのだ。当然顔もゴリラ系。
 次に遭遇するのは短パン姿の老人だ。これは夏場に限られる。一応ジョギング風な服装をしているが、歩みは遅い。その短パンが前方に現れてもなかなか距離が縮まらない。徒歩とはいえ、すぐに交差するはずなのだが、それが遅いのだ。山田も遅いがそれよりも短パンの方がさらに遅い。そして交差する寸前でも目を合わさない。その短パン老人はかなり汗をかいており、一杯一杯なのだろう。
 そして右側の狭い脇道へ入り込むようだ。そのため山田が少し時間を遅らせると、もう曲がった後なので、この短パンと遭遇することはない。だから遭遇するには、曲がり込む以前でないと駄目だ。
 次に遭遇するのは短パンと似た老人だが、服装は普通のジャージだ。頭にカンカン帽を被っている。
 このカンカン帽はいつも短パンの後方に現れる。先に短パン、次にカンカン帽で、この順番は不動。だから短パンを見たとき、その後方を見ればカンカン帽も見えるはずだが、山田もそればかり見ているわけではないので、その映像はない。
 そして折り返し地点で、道路の反対側車線に回り込む。当然歩くのはその横の歩道だ。
 こちらにもキャラがいる。よく見かけるのは、体は薄いのだが非常に背の高い犬だ。折り畳めるのではないかと思えるほど薄い。この犬の散歩人はたまに入れ替わる。飼い主夫婦が交代で散歩に出るのだろう。その比率は夫の方が多い。
 山田が近付くと、飼い主は犬に命令し、端で待機させる。これが見事に決まるので、山田は楽しみにしている。
 次に遭遇するのはぎりぎりの老婦人だ。しかし身なりはしっかりとしており、散歩と言うより、よそ行きの外出着だ。つまりお洒落なお婆さん。ただ、座っていることが多い。そのため、この老婦人との遭遇はほぼ百パーセント。同じ場所からそれほど動かないためだ。至近距離まで寄っても目は合わさない。
 じっと座りっぱなしではなく、ときたま歩いている。こういう虫を見たことがある。
 山田の徒歩散歩は、風景もそうだが、実はそれらの人たちを見る楽しみでもある。当然山田も、それらの人々から見られているだろう。互いにペースメーカーになっているのかもしれない。
 
   了


 


2013年8月2日

小説 川崎サイト