小説 川崎サイト

 

山伏を見た

川崎ゆきお


 高橋は山道を歩いている。標高は高くないが懐が深い。複数の山からなる襞が重なり合い、迷い込むととんでもない場所に出そうだ。山道から見る風景も似ている。さっき歩いた所ではないかと思うほどに。
 前方から下ってくる人がいる。そこだけは直線距離がややあるため、見晴らしがいい。その人は山伏のような格好だ。
 さらに近付き、やがて間近になったとき、山伏は「こんにちは」と挨拶した。山で行き違うとき、お馴染みの言葉だ。高橋も「こんにちは」と返す。先に挨拶をした山伏は横に退け、高橋に道を譲る。高橋の方が登りになるためだ。
「修験者ですか?」
「いやいや、ハイカーです」
「でも、その扮装は」
「ああ、これは下の土産物屋で売ってますよ。ただLLサイズがないので、どなたでも着られるわけではありませんがね」
「土産物屋の前を通りましたが気付きませんでした。天狗の面ばかり見てました」
「奥にあるんです。着方も教えてもらえますよ」
「そうなんですか。この山は山伏とか、行者とか、修験者さんに縁があるのですか? 一応調べたのですが、それらしい案内はありませんでした」
「以前、ありました。もうかなり前ですよ。行者の寺や宿坊もあったらしいですがね。今は跡形もないようです。ただ、あの土産物屋の主人は代々こういった山伏用品を扱っていたらしいのです。それで、まだ残っているので、売っているのでしょう。だから私が着ているこれも、かなり古いものですよ。虫食いが結構きてますがね。色もはげてます。あなたも興味があれば、どうです」
「でも修行の世界でしょ。行の世界」
「なーに、山に分け入れば誰にだって妙な気分になるものですよ。まあ、目的地まで歩くだけなら修行にはなりませんがね」
 長話になりそうなので、脇の草むらへ二人は移動した。
「どんな修行になるのですか」
「岩や石、樹木や渓谷の淵。水のせせらぎ、小鳥のさえずり、風。そんなのを注意深く見たり聞いたり感じたりすれば、誰だって何か妙な気分になってきますよ」
「そうなんですか」
「それにはハイカーの姿じゃ怪しまれる。それで、この扮装です。また、この扮装だと気合いも入りますし」
「何か組織のようなものでもあるのですか」
「何人かこのスタイルで歩いている人はいますがね。まあ、個々別々ですよ。我流です」
「ありがとうございました」
「いえいえ、気をつけて。頂上はもう少しですよ。どこが頂上なのかよく分からない山ですがね。登り切っても見晴らしは大したことありません」
「はい」
 高橋は山伏と修験者、行者、その区別さえ分からないが、その人は静かに山を下って行った。
 高橋も、それを買ってみようかと思ったが、家から山伏装束で行くのは照れくさい。もしかすると、土産物屋で着替えが出来るのかもしれない。さっきの人も、そこを利用しているのだろうか。
 やがて、坂がきつくなってきた。体力的にもしんどくなったので、上り坂に集中し、山伏のことなど忘れた。
 そして、ハイキングコース通り、里へと下り、駅へ向かう前に土産物屋へ寄った。
「山伏の服?」
「はい」
「そんなもの、売ってませんよ」
 土産物屋の主人はまだ若い。ほとんど商売にならないらしく、そのためか機嫌が悪そうだ。
「ここで買った人が」
「そんなもの、売ってませんよ」
「はあ」
 高橋は天狗にだまされたような気になった。
「これ、ください」
 高橋は天狗の面を買った。
 若い主人の機嫌は直った。
 
   了   


 


2013年8月3日

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