小説 川崎サイト

 

木陰の憂鬱

川崎ゆきお


「ムシムシしますなあ」
「曇っていますからねえ」
「晴れて、暑い日の方がいいのかもしれんなあ。こうして木陰に入っても、日が差さんことには日陰も出来ん。従って木陰も出来ん。だから、この木の下にいることは、無駄ではないかと思うのだが、どうだろう」
「でも、いつもここで休憩していますから、ここがいいです」
「カラッと暑くて、日が当たっている方が、私は楽だ。そして、この木陰も意味がある。オアシスのように、涼しい」
「そうですねえ。日差しのあるところを歩いて来て、ここに入るとほっとします」
「そうじゃろ」
「それは温度差があるからでしょうねえ」
「うむ、そうだと思う。今日なんて、何処を歩いても同じようなものだ。何処にいても暑くて蒸す」
「しかし、あなたはもう長い間、そういう年月を過ごしてこられたのですから、十分理解していると思うのですが」
「まあ、以前は暑い寒いなどはあまり気にしておらんかったからなあ。最近だよ。そういうこと感じるようになったのは」
「そうなんですか」
「だって、一日のスケジュールで言えば、この大きな木の下へ出かけるのがメインでね。だから、いろいろと周辺事情が気になるんだよ」
「周辺事情と言いますと」
「だから、気温とか、晴れているとか曇っているとかだ。メインは、ここに来ること。非常に単純だが、それだけに細かいことが見えてくる」
「つまり、詳細が立ち現れるのですね」
「そんな大げさなものではないが、見えなかったものが見えてくるんだろうねえ」
「僕も気になります」
「まだ若いのに、今からそんな細かいことを気にしているようでは先が思いやられるぞ」
「はい、仕事が見つかれば、こんな所に散歩に来ることもありおませんし、暑い寒いも、単純に割り切れると思います」
「こんな所か」
「いえ、ここはいい場所ですよ」
「いや、やはりここは、こんな所だよ」
「気を悪くされましたか」
「それはない」
「はい」
「早く仕事先を見つけることだね。こんな所へ来るようでは駄目だ」
「しかし、蒸しますねえ。風がないし」
「こういう日は辛い」
「そろそろ行きます」
「そうか、明日もまた来るのかね」
「おそらく」
「うむ」
 
   了




2013年8月7日

小説 川崎サイト