小説 川崎サイト

 

小さな鞄

川崎ゆきお


「小さな鞄」飛田はターミナルの喫茶店で休憩しているとき、ふとそれを考えた。考えるまでには間があった。いきなり「小さな鞄」について考え出したわけではないからだ。
 遊びでお出かけだろうか、駅ビル内を行き交う人々などを見ているとき、小さな鞄を見た。それは実に何気なく。
 他にも見るべきものが多いはずだ。当然富田も他の人と同じように、一番よく見るのは人だろうか。動いているものに目がいく。何もない壁をじっと見ている人は少ないだろう。
 最初に小さな鞄を見たのは喫茶店内で、席を立つ人を見たときだ。特にその人が変わった人ではなく、普通だ。気にとめる必要のない人だ。ただ、立ち上がったとき、さっと小さな鞄を肩に引っ掛けた。それがあまりにも小さいので気になった。その人は中年男性でカジュアルな服装だ。今日は日曜日。だから仕事ではない。平日ならビジネスバッグや、仕事で必要な物を入れる鞄を持ち歩いているだろう。しかし、今日は小さな鞄なのだ。ここまでは、それほどのことではない。ああ小さいなあと思う程度で、鞄について考えるほどのことではない。
 ところが、もう一人立ち上がった高齢の男性も、同じように小さな鞄を手でつかんだ。小さな鞄が連続した。さらに、窓の向こう側を行き交う人々も、小さな鞄が意外と多い。
 その小さな鞄は、腰に巻くポーチほどの大きさだろうか。それを腰ではなく、肩にぶら下げているだけなのかもしれない。
 喫茶店内で席から立ち上がったその人は、さっきまで文庫本を読んでいた。煙草も吸っていた。それらを、その小さな鞄にねじ込んだのだ。
 季節は夏。確かにポケットの少ない夏服だ。こういうとき、鼠の尻尾のような紐の付いた小さな鞄が多いはずだが、ベルト付きが流行っているのだろうか。腰にも巻け、肩にも掛けられ、そして袈裟懸けにも出来る。そして休みの日なので、服装もカジュアルなので、そういう適当な物入れを持ち出したのだろう。
 連続して小さな鞄を見たので、飛田は考え出したのだが、実は自分もそういうのを以前から狙っていたのだ。これがあるから、小さな鞄に反応したのかもしれない。
 飛田は散歩をよくする。鞄を持たないで手ぶらで歩いているのだが、ポケットがパンパンなのだ。そこにケータイや小さなカメラ、そして煙草やライターや鍵類を入れている。それと小さな汗拭きも。これは最小構成だが、ポケットには他にも小銭が重りのように詰まっている。右のポケットだ。これでバランスを崩すわけではないが、ズボンが重い。それら重そうなものをひとまとめにして入れる小さな鞄を欲しがっていた。これなら、出かけるときも楽だ。ポケットに分散させるのではなく一箇所にねじ込めばいい。
 と言うようなことを、考えたのだ。すごい展開になる大きな規模の話ではない。
 駅ビルには鞄屋もある。富田は寄ってみることにした。
 
   了



2013年8月8日

小説 川崎サイト