小説 川崎サイト

 

タコ焼き屋

川崎ゆきお


 タウン誌で小さなカットなどを書いている立花は、ある日、取材に行くことになった。カットの仕事ではなく、グルメ特集の記事として。
 イラストを書き、エッセイも同時に書く人をイラストライターと呼ばれていた。イラストレーターのレーター部をライターにしただけなのだが。
 立花はたまにそういう仕事を受けることがある。自分でエッセイを書き、挿し絵をイラストレーターに書いてもらうのではなく、自分で書くのだ。
 さて、話はそういうことではなく、お気に入りの食べ物屋を紹介してくれというものだった。
 立花は、このタウン誌のグルメ関係の傾向を読みながら、タコ焼き屋にした。しかも有名なタコ焼き屋ではなく、小さな町にある駄菓子屋のようなタコ焼き屋だ。今まで雑誌に掲載されたことはないはずだ。取り上げるべき特徴が何もないためだろう。実際にはこのタイプのタコ焼き屋の方が多い。ただそれを記事にするのが大変なので、避けているのだ。特色がないため書きにくいわけだ。
 立花はたまにそのタコ焼き屋に行っている。子供の頃はよく通ったが、さすがに大人になると、逆に町内との縁が薄くなる。生業の場が都会風になるためだ。しかし、昼食などで、たまに変化を求め、タコ焼きを買いに行くこともある。懐かしがって買うだけで、いつでもではない。
 駅前でカメラマン兼編集者と立花は待ち合わせ、誰も通らなくなったような商店街の、さらにその奥の、そしてさらに裏道に入った端にあるタコ焼き屋へ入った。
 立花は取材というより、その思い出を書けばいいので、特にすることはない。久しぶりに食べるだけだ。滅多に店では食べないのだが。
 店は細長い小屋のようなもので、そういう屋台に毛の生えたような店が数軒残っている。その背後は石垣で、結婚式場があり、その裏庭だ。その石垣に沿って大きな木が何本も生い茂り、まるで森のようにこんもりとしている。
 時期は夏。蝉が鳴いている。小屋のような店なので、エアコンはない。しかし、風通しがよく、緑の風が入ってくる。
 年取った親父が白くて長い上着姿でタコ焼きを焼く。取材が入ることを知ってか、主人自らが焼くようだ。
 値段が非常に安い。そのためか小麦粉を限界まで薄めている。これを丸く焼くのは名人技だろう。実際にはしゃぶしゃぶのタコ焼きで、タコかイカかよく分からないほど小さな点のようなものが入っている程度だ。決してタウン誌のグルメ情報で紹介出来るようなものではない。ただ、イラストレーター立花先生馴染みの店としてならいけるのだろう。
 カメラマン兼編集者は店内が暗いので、三脚とともに持ってきた照明器具で照らす。この人はタウン誌の社員ではなく、フリーの人だ。だから失敗は許されないので、重武装で動いている。
 彼は何やら感心したようだ。殺風景な市街地でも緑があり、蝉時雨が聞こえる。こんな涼やかな場所なら、熱いタコ焼きでも汗が気にならない。その素朴さが気に入ったようだ。
 そして、主人は長年これ一筋で、今は孫夫婦がやっている。
「あなた、たまに見かけますねえ」主人が立花に話しかける。
「あ、はい」
「いやあ、いいお店を紹介してもらいましたよ。ここは非常にいいところです。気に入りましたよ」カメラマン兼編集者が言う。
「子供の頃から来ていました。お昼のご飯に、家族分買いに来てました」
「ああ、お得意さんだったんだ。それはありがとうございました」
 取材は無事終わり、立花はイラストや、ちょっとしたエッセイも添えた。あとはカメラマン兼編集者がグルメページらしく、それなりに構成した。
 発売後、その紙面を見て、立花は満足を得たが、もう二度とあの店には行けないだろうと思った。
 お気に入りの店は紹介するものではない。
 
   了


2013年8月10日

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