小説 川崎サイト



拍子木

川崎ゆきお



 かーん
 夜中に拍子木が聞こえる。それもたったのひと鳴り。殆どの住人はそれを拍子木だとは思わない。二つ鳴れば気付くかもしれないが一つだと分からない。
 また、その音は毎晩鳴るわけではない。同じような時間にそんな音が鳴れば意味付けたくなるだろう。
 また夜中でもあり、音に気付かないまま眠っている住人が殆どだ。
 長崎京一は、その音が何を意味しているのかを知っていた。もう何十年も昔の子供の頃の記憶と繋がっていた。
「まさか」
 とは思うものの、あの音なのだ。昔と違うのは一回しか鳴らないことだ。
「ありえない話だ」
 何かの拍子でそんな音がしたのかと思ったのだが、今月は二回も聞いている。
「来ているのか」
 京一は幻聴の持ち病はない。耳鳴りはあるが、余程静かな場所でないと気付かないほどだ。
 その拍子木が聞こえるようになって三カ月になる。
「そろそろいいだろう」
 京一は様子を見に行くことにした。その拍子木が何を意味しているのかを知っているのだが、それを確かめるのが怖かった。
 しかし聞こえるということは、あれをやっていることであり、呼んでいるのである。
「折角だから行くべきだ」
 冬が近いのか外は肌寒い。
 場所は大体分かっていた。
 京一は庭から表に出た。しばらく進むと公園がある。その横に抜け道があり、工場の裏側に出る。
 京一が子供の頃は原っぱだった場所だ。
 公園からの抜け道の路地は昔とそれほど変わっていない。
 そして京一は、その場所に来た。当然、もう原っぱなどはない。
 板塀を背に、それはいた。
 既に始まっているのか何人か集まっている。
「やばいなあ」
 薄暗い場所での紙芝居は京一の記憶にはない。
 紙芝居の老人がヒソヒソ声で語っている。京一が子供の頃見た鞍馬天狗だった。
「京ちゃん」
 幼なじみの良君から声をかけられた。そこに集まっている年寄り達は昔の遊び友達だ。
 よく見ると紙芝居をやっているのは年長の政彦だった。
 京一はもっと早く見に来るべきだったと後悔した。
 
   了
 
 



          2006年10月25日
 

 

 

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