小説 川崎サイト

 

散歩者

川崎ゆきお


 散歩者は散歩者を知る。
 散歩している人は、同じように散歩中の人が気になるものだ。小沢は自分の散歩コースを持っている。そこに見かけない散歩者が入って来ると気になる。近所での散歩は目立った変化はないのだが、行き交う人や車などは始終変化している。しかし、似たような通行人、似たような車なので、それ以上突っ込んだ詮索は滅多にしない。じろじろ人を見るわけにはいかないし、車はあっという間に通り過ぎる。
 だから、観察しやすいのは同じようなスピードで歩いている他の散歩者なのだ。また目的が同じようなものなので、理解しやすい。詳細も見えやすい。
 小沢がその日、最初に見かけたのは、かなり苦しそうに歩いてる人だ。これは何かのリハビリ中かもしれない。日差しがあるのに帽子を被っていない。そういう被り物を嫌う人なのだろう。帽子を被ると余計に暑くなり、苦しいとかだ。
 確かに被ると頭は熱くなりにくいが、風で冷やしてくれる量が少ない。その兼ね合いで決めるのだろう。短距離なら、それでいいかもしれない。
 小沢は毎日同じ時間にぴたりとそこを通過するわけではないが、そのリハビリの人は初顔で、明日、明後日が楽しみだ。続けて散歩をやっているかどうかだ。
 次に少し大きな道路脇の歩道に入る。この歩道は並木があり、散歩者は多い。しかし、純粋な散歩人はそれほどいない。スポーティーな歩き方をしている人は、小沢は無視する。目的が違うためだ。散歩はスポーツではない。当然そんな競技もない。
 その歩道に入ったとき、見かけぬ散歩人の後ろ姿を見た。顔を見なくても分かる。リハビリの人より、その散歩人の方が注目ポイントが高い。
 小沢は自分の縄張り内に侵入して来た闖入者を観察した。ポケットはかなり膨らんでいる。鞄を持たないためだろう。そして、片手に水筒の紐を指に引っ掛け、ぶら下げている。これはかなりの長距離散歩者と見た。水分補給は大事だが、一時間以内なら必要ではない。
 小沢の前を行くその散歩人は、固定コースを持たない散策タイプかもしれない。つまり、いつも同じ道では飽きるので、毎回コースを変えるタイプなのだ。小沢もたまにそれをやる。すると、固定コースを歩いている地侍のような散歩人と遭遇する。今日はその逆パターンのようだ。まあ、お客さんなのだ。
 ただ、その人は足が速い。どんどん離されてゆく。これは距離を稼ぐタイプだろう。
 そういう散歩人を見ていると、いつもの風景を見るのを忘れてしまう。特に見るべきものはないのだが、新築中の家が徐々に完成していく様や、道路工事中の交通整理員の顔ぶれなどに変化がある。暑い日も寒い日も立っている整理員はプロだ。どの気象条件にも巧みに対応するすべを知っているように思われる。
 小沢の散歩コースは非常に狭い範囲だが、世の中で起こっている風潮の片鱗程度は少しは見える。風見、潮見である。
 
   了 


2013年8月14日

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