小説 川崎サイト

 

ネット休憩

川崎ゆきお


 ある夏の日曜日、部屋が暑苦しいので吉田は町に出た。日差しは強いが自室にいるよりも清々しい。決してそれは快適なのではなく、部屋にいるよりは「まし」程度だ。
 吉田はノートパソコンを持ち出している。何処か涼しい所でネットを見ながらゆったりとしたいからだ。それで、久しぶりに喫茶店に入った。暑いので、長くは歩けないため、一番近い店にする。その喫茶店の前はよく通る。駅から少し離れているが、大きな駐車場があり、その近くにお洒落な店も並んでいる。ドーナツ化現象で、古くからある駅前周辺は寂れたが、幹線道路沿いは意外と賑やかだ。ライフスタイルが変わったのかもしれない。
 その喫茶店は広く、伸びやかだ。少し郊外に出ると土地も安くなるのだろう。
 吉田は冷房の効いた店内でノートパソコンを開け、ネットで、いろいろと見ていた。客はまばらに見えるのは店内が広いためかもしれない。そのほとんどが一人客で。二十代三十代だろうか。
 そして、揃いも揃って同じポーズを取っている。ケータイかスマホを見ているのだ。特にやることがないのだろう。
 吉田と同じようにノートパソコンを開けている人もいる。意外と、こちらも若い。年取った人は文庫本を読んでいる。
 この光景はこの時代としては特に珍しくはない。十年前とそれほど変わっていないかもしれない。そして十年後も。
 この時代、流行始めたタブレットの人は見かけない。別の時間帯にタブレットを撫で回していた客がいたかもしれないが。
 少し雰囲気が違うのは、スマホだろうか。それにペンを立てている。指の腹ではうまく命中しないのだろう。遠くから見ていると、昔の電話機の横に置いてあったようなメモ用紙備え付けの短い鉛筆で何やらメモっているように見えたりする。
 彼や彼女たちは何処にアクセスしているのだろう。この光景は電車内でもよく見かける。もうすっかり定着した絵なのだが、店内でずらりと並んで同じポーズを取っている図は、古い時代の図案を見ているようだ。しかし、これが一番安定したポーズで、吉田がノートパソコンを見ている状態も、それに近い。つまり不審ではないのだ。
 逆に喫茶店で何もしないで、じっとしている人の方が怖かったりする。店内にいる状態は不審者ではない。コーヒーを飲みに、または休憩に来ているのだ。目的ははっきりとしているが、もう一つ物証が欲しい。それが、これらの端末なのだ。これは怪しげな服装でも犬を連れて歩いておれば、もう不審者ではなくなるのと同じこと。
 だから、そういった端末は犬のようなもの。逆に周囲の人は安心する。まるでお守り札だ。
 吉田はそんなことを思いながら、いつものSNSを眺めていた。多くの人をフォローしているため、少し待てば書き込みが流れてくる。流し素麺のように。
 それをぼんやりと眺めながら、途切れると別のサイトを覗いたりする。部屋にいるときと同じだ。
 それらの人とリアルで相見えることは殆どない。これは何だろうかと、たまに思うことがある。
 そして、冷房で寒くなってきたので、吉田は店を出た。
 
   了


 


2013年8月15日

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