小説 川崎サイト

 

盆踊り

川崎ゆきお


「この町の盆踊りは怖いですよ」
「荒っぽい人が多いのですか」
「そうじゃなく、出るんです」
「出るとは」
「町と言っても昔は村です。盆踊りは公園でやるんですがね、昔の村の広場です。神社とは別に、全員集合がかかれば、その広場に集まったらしいんです。一揆なんか起こったときは、そこで集合。また、村の行事もそこで行ったとか」
「出るというのは?」
「今は公園になってますがね。実際にはそんな場所じゃない。神社の神木よりも古い大木が二本もありますよ。村のセンターです」
「それで、何が出るんです」
「盆踊りと言っても、よくある音頭じゃない。この辺りの村は伊勢音頭が流行ったとか。あれはお伊勢さん土産です。赤福餅は食べりゃ終わりですが、伊勢音頭はその後も、ずっと踊られる。この音頭を覚えて帰ったらしいですよ。音頭の土産、いいじゃないですか」
「あのう……」
「出る話でしょ。もう少し待ってください」
「……」
「この村は実はオリジナルの音頭があるんですよ。まあ、盆踊りの時はクライマックス、トリですね。そこでしか踊りませんが。一般の人は踊れない。まあ、見よう見真似で踊れますがね、しかし、保存会の人は年中練習しているんですから、ちょっと入っていけませんねえ。寸劇のようなものも加わるんですよ。その時間までは、よくある音頭です。夕方は子供向け、徐々に色っぽい音頭になっていく」
「もう、待てないのですが」
「こっちの話の方を本当はしたかったのですが、仕方ありません。出る話をしましょう」
「お願いします」
「出るといえば幽霊でしょ」
「はい」
「盆踊りはお盆にやります。公園は村のものですからね、最優先行事です。ゲートボールで借りている人なんて無視です」
「ゲートボールの話はしないでくださいね」
「はい」
「続けてください」
「あっちへ行った村人たちも、お盆には帰ってくる。分かりますね」
「霊ですね」
「その数は多いです」
「ああ、分かりました」
「そうですか」
「そのオリジナルの音頭のとき、混ざっているのでしょ」
「髷を結ってる人もいます。これは怖いです。お歯黒も」
「おおお」
「明治時代とかに写した先祖の古い写真、見たことありますか」
「あります」
「あの怖さです」
「モノクロですか」
「セピアです」
「それは本当の話ですか」
「まあ、見たという人も多いですよ」
「うーん」
「ただね、余所者を入れたくないって感じもあるんです」
「つまり、昔から住んでいる人たちだけでやりたいわけですね」
「そうです」
「ただ」
「何ですか」
「トリの時間以外なら、いいんです」
「あ、はい」
「オリジナルの音頭の時だけは入って来るなということです」
「まさに村人根性ですねえ」
「しかし、いいじゃないですか。お盆で帰って来た村の先輩達と一緒に踊るんですから、元来そういう行事だったのかもしれませんからね」
「はい」
 
   了



2013年8月16日

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