小説 川崎サイト

 

白いバス道

川崎ゆきお


 田舎の道を路線バスが走っている。道は白い。未舗装のためだ。白い道は夏草の中、灌木の中を走っていく。そして林の中に入ると蝉時雨。
「それは何ですか」
「夏の風景だよ。夏真っ盛りの頃だ」
「何処ですか。そんな風景が残っているところは」
「私の田舎だ。子供の頃までいた」
「じゃあ、昔の風景なんですね」
「そうだね。あのバス道は今もあるが、あの頃の風情はない。それにもう路線バスは走っておらん」
「じゃ、懐かしの風景という感じですか」
「全国至る所にあった風景だろう。ただ、私らの世代だけの印象かもしれんがな。私の曾爺さんの話によると、乗り合い馬車が走っておったらしい。だから、世代により懐かしさが違う」
「今は何も走っていないのですか」
「村に残っておる人は、車を持っておる。だから、必要はない」
「その村はどんな村ですか」
「だから、全国何処にでもあるような山村だよ。その世代なら、もう見飽きたような風景かもしれんねえ」
「今も、そんな夏草の中を走るバスはあるように思います」
「ああ、あるだろうねえ。しかし、他人様の村じゃ駄目なんだ。私の故郷じゃないとね」
「ああ、なるほど」
「似ていても、違うんだな」
「はいはい」
「ところで、君は何処の生まれだ。故郷は」
「ずっと市街地です」
「そうか、じゃ、未舗装の白い道など、馴染まんだろうねえ」
「うちのお爺さんは子供の頃、市電が走っていたと言ってましたよ」
「市電か」
「トロリーバスも」
「ほう」
「市街地でも田舎に劣らないほど懐かしい風景があったのだと思います」
「そうだね。懐かしさ、思い出は人それぞれか」
「当然、そうなるのでしょうねえ」
「ああ、当然なあ」
「で、どうして、そんなバス道を思い出したのですか」
「もう、あの村へは帰ることもないが、まだ何か繋がっているような気がするんだよ」
「ほう」
「だって、そこでずっと暮らしていたご先祖さんがいたんだから」
「ああ、なるほど」
「決して先祖の霊がそこに残っておると言ってるわけではないよ。ただの感傷だよ。何世代もの先祖が、その野山や川を見続けていたんだ」
「はいはい」
「こういうのを血というだろうねえ」
「遺伝子のようなものですか」
「さあ、それは知らないが、先祖が見ていたものを、何となく記憶しておるのかもしれん。血の中にな」
「はい」
「だから、たまにそれが出る」
「出ますか」
「目立たんがね。血が騒ぐんだ」
「はい」
「ある事に接すると気持ちが揺れる。意味もなくね。見た目には分からんがね」
「それは気質を引き継いだのでしょうねえ」
「うむ、そうだと思う」
「しかし、白いバス道、素敵です」
「そうか、分かるか。君も引き継いだのかもしれんぞ」
「そんなバス道、見た覚えはないのですが」
「君の祖父さん祖母さんが見ておったんだろうねえ」
「みんな、こちらの生まれです。だから、馴染みはないと思いますよ。市電やトロリーバスですから」
「ああ、そうか」
「でも、体験していなくても、何となく共有しているものがあるようですよ」
「おお、そうなんだ」
「よく分かりませんが」
「うん」
 
   了



2013年8月19日

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