小説 川崎サイト

 

虫の知らせ

川崎ゆきお


 まだ暑いのだが、トンボが飛んでいる。岩下はこれを見ると、秋が来たことを知る。トンボのイメージが秋のためだ。夕焼け小焼けの、あの赤トンボ。それが自転車に乗っているとき、くっ付いて来た。絡んで来た。自転車の動きで空気が流れるのか、それに吸い込まれたのだろう。偶然ぶつかりそうになり、そのまま付いて来た。しばらくすると、離れた。
 何となくトンボが挨拶に来たのではないかと思ってしまう。そんなことはないのだが。
 しかし世の中、そういった勝手な思い込みや憶測の連続なので、別に珍しくはない。
 次にチョウチョがくっ付いて来た。この縞模様のチョウチョはよく見かける。夏の初め頃からいるので、秋を報せるものではない。そのチョウチョも絡んで来た。しばらく同行した。これも偶然ぶつかりかけた。チョウチョにはチョウチョの用がある。その用で道を横切ろうとしたのだろう。そこへ岩下が突っ込んだ。だから、チョウチョはそれに巻き込まれたのである。それだけのことだが、夏によく見かけるチョウチョだけに、夏が去ることを知らせに来たように感じた。これは先ほどのトンボが効いている。秋のお知らせがあるのなら、夏のお別れもある。しかしこのチョウチョ、秋の終わり頃まで飛んでいたりする。
 その道で、そういった虫とぶつかることは殆どない。別の道でもそうだ。市街地なので虫は少ない。よくあるのは目に何かが入ることだ。これは蚊かもしれない。小さいのでよく分からない。ただのゴミかもしれないし。
 しかし、大きめの虫、つまりトンボとチョウチョに連続してぶつかるのは珍しい。今までなかったことかもしれない。あったとしても、忘れているだろうし、気にもとめずにいた場合、岩下の記憶には残らない。
 虫の知らせというのがある。今回の場合、季節を教えてくれただけなので、モロの話、そのまんまの自然現象だ。ただの季節感に過ぎない。
 夜、眠っているとき、蚊が耳元でうるさいことがある。下手をすると毎晩虫の知らせに悩まされることになる。これは毎晩だから虫の知らせにならない。たまにそういうことがあると、今まであまりなかったことなので、何かのお知らせなのかと思うこともある。
 勝手な想像だが、人は意外とそんなことで生きている。
 
   了



2013年8月20日

小説 川崎サイト