小説 川崎サイト

 

踏切

川崎ゆきお


 あと一歩のところで遮断機が鳴った。踏切の遮断機が下りるまでまだ間に合う。作田は渡るか渡るまいかと迷ったが、渡らないことにした。家へ帰るだけなので、急ぐ必要がないためだ。
 踏切は駅の横にあった。作田は踏切待ちをしながら改札やホームを見ていた。長いこと電車に乗っていない。用事がないためだ。遊びに行くのなら別だが、なかなか行く気がしない。観光地へ出かけても、それほど楽しいとは思えなくなっている。それにもうほとんどの場所に行った。よく考えると、一人で出かけたのではなく、付き合いで一緒に同行した程度なのだが。
 電車が通過した。窓から座席が見える。乗客も見える。あの席にもう長い間座っていない。それよりも運賃が変わっているかもしれない。切符の買い方を忘れたわけでも、乗り方を忘れたわけでもないが、しばらく利用していないと、遠い存在になる。
 買い物は近所で済ませている。都心まで出ないと買えないものもあるが、ネットショップを使うようになってから、その問題も解決している。
 昔はよく飲みに誘われたが、それは仕事をしていた頃だ。そして一緒に飲んだ連中は仕事関係者で、退職するとプツリと途切れた。飲み屋での歓談は楽しかったが、作田は酒はあまり飲まないので、飲むことだけの楽しみでは、飲みに行けない。
 同級生やプライベートな親友とはネット上でやりとりしている。リアルで会おうと思えば会えるのだが、あまりその気はない。それなりに盛り上がるだろうが、わざわざ会いに行くのは面倒だ。偶然出合ったり、用事でもあればいいのだが。
 作田の暮らしは近場で間に合っている。遠くても自転車で往復できる程度の距離だ。
 しかし、たまには電車に乗り、何処かへ出かけたい気もある。所謂お出かけだ。しかし、行きたい場所がない。
 近所にいる知人は、新築のショッピングセンターや、デパートの新装開店などがあると出かけていた。そして、行商人が村人に都の話を語るように、面白可笑しく喋ってくれた。それを聞いていると、もう行ったような気がした。実際には大げさに言っているだけで大したことはないのかもしれないが。
 電車が通過したので、遮断機が上がった。
 作田はふと魔が差した。渡るのではなく、横へ向かった。改札へ。
 そして、目的もなく、都心までの切符を買った。
 たまには、こういう踏切方をしてみないと……と呟きながら。
 
   了




2013年8月24日

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