小説 川崎サイト

 

遠い質問

川崎ゆきお


「最近、海を見ましたか?」
「いいえ」
「最後に見たのはいつですか?」
「あれは数年前でしたか、旅行に行ったとき、列車の中から見ましたねえ。それが最後でしょうか。海は近くにあるんですがね。行くようことがなくて。まあ、海岸は工場や倉庫が多いです。行く用事がありません。昔は海水浴場があって、毎年行ってましたが」
「歩いて行けますか」
「歩けば遠いです。車でないと」
「じゃ、海を身近に見ていない。感じていないわけですね」
「ああ、そうですねえ。普段の暮らしの中にはありません」
「山はどうですか」
「山はたまに見ますよ。海と同じぐらいの距離ですがね。歩いて行くには遠いです」
「最近、山に登りましたか」
「いいえ」
「山を感じることはありますか」
「何ですか、その質問は」
「海や山の影響を調べています」
「それはまた、ご苦労な。でも、この辺り、海も山もそこそこ近いですが、普段、感じることはありませんねえ。どちらかというと、山でしょうか。見えていますからね。海は見えませんが。しかし、山を感じるというような、精神的な感じ方ではないようです。道路の先を見ていると、町並みと一緒に山も見えている程度ですよ」
「それだけですか」
「ああ、雨が降り出すとき、山に霧が出ることがあります。それで、ちょっといつもの山とは雰囲気が違うなあと思います。絵が違う。タッチが違うように感じます。でもそれをじっと見ているわけじゃないですよ。運転中ですから」
「つまり、山も海もあまり関係がないと」
「はい」
「じゃ、いつも何を見ているのですか」
「え、どういう意味ですか」
「つまり、自然です。どんな自然と接しているのですか」
「自然ですか?」
「天然のものです」
「空でしょうねえ。物としてなら花や街路樹でしょうか」
「なるほど」
「これって、山の一部なのかなと、僕は思っています。というより陸の一部でしょうか」
「では、あなたは山系です」
「だから、山をしみじみと見ているわけじゃないですよ。それに建物の影になって、あまり見えないですよ。それより、これは何の調査なんです」
「山や海からの影響です」
「それは、かなり遠いですよ。海辺や山辺の人なら別でしょうが。この町は山や海と絡むような用事がありませんからね」
「それを分かった上で、質問しています」
「じゃあ、海が好きか、山が好きかの話ですね」
「それに近いです」
「いったいどういう研究なのですか」
「山人、海人の研究です」
「遠いです。非常に遠いです」
「はい」
 
   了



2013年8月25日

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