小説 川崎サイト

 

夏の終わり

川崎ゆきお


 雨が降っている。
「この雨で夏は去りましょう」
「暑かったですからねえ」
 公園に東屋があり、そこに何人かが囲んで座れるスペースがある。四方を囲む長椅子だ。椅子と言っても板を張り付けただけのものなので、背もたれも垂直だ。藤が絡み日除けの役を果たしている。当然東屋にも屋根はある。
「昨夜は凄かったですよ。稲光が」
「光りましたねえ」
「夕方あたりから切れかけの蛍光灯のようにピカピカしてましたが、夜になると、凄い音がしましたねえ。飛行機でも落ちたのかと思いましたよ」
「そうでしたなあ。あの一撃は凄かった。しかし一発だけでしたなあ。そのあと雨が降り出した。一気に涼しくなりました。何度下がったのかは見ておりませんがな」
「偉いものですなあ。あれほどしつこい暑さが、すーと引いたんですから」
「エアコンより、効きましたなあ」
「そうです。昨夜はクーラーなしで眠れましたよ」
「私は、この夏も付けていないんですよ。あの冷たい風で風邪を引きますから」
「ああ、そうなんだ。でも暑いでしょ」
「まあ、慣れていますから。夜でしょ、部屋の中でしょ。それ以上気温は上がらないことが分かっていますから」
「これで、涼しくなって、またこの集まり所にも人が来るようになるでしょうねえ」
 東屋のことを集まり所と呼んでいる。真夏は暑すぎて、ここへ辿り着くまでが大変なようだ。
「まあ、今日は雨だし、暑くもないので、誰か来るでしょ」
「夏の初め、満席でしたよ」
「まあ、夏だけですよ。冬は誰もいませんからね」
「いや、真冬の夜、カップルがよく来てましたよ」
「ほう」
「真夏でも来てます。かなり遅い時間ですがね。缶ビールを買いに、この近くの酒屋へ深夜行ったとき、見ました」
「まあ、人間様の盛りは季節を問いませんからなあ」
「そうですねえ。しかし、そのカップルだけですねえ。よく見かけるのは」
「毎晩覗きに行っているのですかな」
「いやいや、偶然ですよ。偶然。あのカップルは年中います。結構長いんじゃないですかね。もうここはあのカップル専用ですよ。他のカップルは見かけたことはありません。あの二人だけです」
「どんな人ですかな」
「中学生か高校生じゃないですか」
「しかし、この近所の子なら、目立つでしょ」
 公園は住宅に囲まれた中庭のような狭い場所にある。
「それで、二人は何をしておるのですかな」
「並んで座って、何か話しているような感じですねえ。しかし、声が聞こえません。そこまで近付くとばれますからね」
「ずっとそんな感じですか」
「はい、ずっと同じ姿勢ですなあ。ただ、ずっと覗いているわけじゃないから、分からないですが」
「やはり、覗いておるのですな」
「いやいや」
「服装は」
「さあ、よく分かりませんが、地味な格好ですよ。今時の若者らしくない」
「はい」
「私らの時代の服に近いですなあ」
「うむ」
「どうかしましたか」
「いやいや、怖い話はしたくないので」
「はあ」
「もう涼しいから、怪談はいいでしょ」
「はいはい」
 
   了



2013年8月26日

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