小説 川崎サイト

 

腰巾着

川崎ゆきお


「ウエストバッグが欲しいんだが、君はどう思う」
「何ですか部長。それは」
「もう僕は部長じゃない。元だ」
「いえいえ、部長は部長。ゴルフ場ではまだ部長ですよ」
「あれはもうニックネームだ」
「それより何です? ウェストバッグとは」
「知らんのかね。腰に巻く鞄だよ」
「ああ、腰巾着ですなあ」
 と、言った瞬間、二人は黙った。
 部長は元部下を見る。というより、腰巾着を見た。彼こそ腰巾着なのだ。つまり、この元上司は元部下を腰にずっと付けていたことになる。ただ、進んで付けていたわけではないが。
 やや沈黙したのは、腰巾着に腰巾着のことを聞いたからだ。
「何にお使いですか」
「だから、ポケットに入れておるものを、あの袋に入れれば楽ではないかと思ってね。それに、よく見かけるし」
「じゃ、買われたらどうですか」
「そう思うんだがね。腰に巻くあのスタイルが、どうも恥ずかしい」
「確かにスーツには似合いませんし、また、そんなことをしている人もいないでしょうねえ。ただ非常に小さなタイプならベルトに付けている人は見かけます。上着の下に隠れて見えませんし」
「それは僕も知ってるが、あれは小さすぎる」
「じゃ、どれほどの大きさで」
「ほどほどでよい」
「普段着でなら、適当でいいんじゃないですか」
「そう思うんだがね」
「じゃ、決まりですねえ。私が適当なのを見繕ってきましょうか」
「そこまでしてもらう必要はない」
「まあ、遠慮なさらず」
「そうか」
「はいはい」
「ところで、もう二人とも退職してるんだ。いつまで君は僕に付きまとうのかね」
「ご迷惑ですか」
「そうじゃないが、何のメリットも、もうないと思うんだがね」
「そうなんですが、長年のことなので、つい癖になってしまいまして」
 元部長は、この腰巾着を見て、ウエストバッグを買うことをやめた。腰に巻くと、取れなくなると思ったからではないが。
 
   了



2013年8月31日

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