小説 川崎サイト

 

窓辺の人影

川崎ゆきお


 窓辺からずっと見ている。三階の窓だろうか。三階部は三角屋根だ。屋根裏部屋だろう。そこに小さな窓がある。そしてずっと見ている人のシルエット。夜なので室内の明かりが逆光になり、どんな人が窓から覗いているのかは分からない。そして昼間は消える。
 大村はその道を通る度に、少し離れた場所にあるその家を見ている。周囲の住宅は三階建てが多い。敷地が狭いため、上へ上へと向かうのだろう。そのため、四階建ての家もある。そして、最初から屋根裏部屋のある家が多い。しかし、夜中でもずっと明かりのある部屋は珍しい。そして、覗いている人影があることも。
 その家は三階建てだが、少し高いところにあるので、遠くからでもよく見える。
 大村はその窓明かりを灯台のように見ている。深夜に通るためだ。それを見ながら自転車で家へ向かう。自転車は駅前の共同オフィスに止めてある。仕事場とのちょうど中間にその灯台窓がある。だから半分着いたようなものだ。昼前に通るときは普通の窓。
 灯台窓を毎晩見ていると、あれは人影ではなく人形が置かれているのではないかと思うようになった。なぜなら、いつもいるからだ。まさか人型に切り抜いた絵を窓に貼り付けているわけではないだろう。それは悪趣味だ。しかし、夜にだけ出すとは妙だ。
 人形なら部屋側を見ているはず。しかしその人影は外を見ている。後ろ姿ではない。なぜなら顔らしきものがあるからだ。
 ポスターかもしれない。窓に貼っているのかもしれない。人の上半身が入っているポスターで、背景と人物がしっかりと色分けされていれば、人物だけが浮かんで見えるはずだ。それではポスターの裏を部屋主は見ていることになる。
 そうではなく、両面印刷かもしれない。別の絵が裏表に印刷されており、部屋の主は気に入った側を室内から見ているのだろうか。その場合、窓を紙で塞ぐことになるし、窓明かりも鈍くなる。それに夜にだけ貼るというのもおかしい。それに貼りにくいだろうし、貼ったり剥がしたりを毎晩繰り返せば破れるだろう。
 やはり人形か人だ。毎晩見えているのだから、人形だろう。そこから本物の人間がずっと覗き続けているとは考えにくい。ただ、大村が見ている時間だけなら別で、手前の建物で見え隠れしながらの数十秒だ。
 しかし、大村とその屋の住人との関係は何もない。新興住宅地なので知り合いなどいない。仮にいたとしても、そんな妙なことをするはずはない。可能性としては共同オフィスの誰かが、あの屋の人で、悪戯をしている。大村だけを狙って。しかし、この近くに住んでいるオフィス仲間はいない。
 さて、そのカラクリだが、大村は窓の向こうにテーブルでもあり、その上に大きな人形が置かれていると判断した。腑に落ちないのは、人形が外を向いていることだ。室内の人は人形の後ろ姿を見ていることになる。そんな置き方はしないだろう。
 しかし、クリスマスなどの飾り付けで、内からではなく、外から見てもらうこともある。
 大村はそれを意識しだしてから半月が経過した。その間、窓明かりがない日もあった。また、人影が消えている日もあった。
 そういう例外はあるものの、相変わらず窓から誰かが覗いている。
 これは、その家の真下まで行けば、何となく正体が分かるかもしれないが、そこまでするようなことではない。また、分かってしまうと興ざめだろう。
 あれは人形だと思わせておいて、たまに人間が本当に外を見ている。あるいは覗き魔が望遠鏡で他人の窓を見ている。または何かの合図を送っている。そうではなく防犯グッズだったりする。
 大村は色々な想像を楽しみながら、今夜も窓灯台を見ている。
 
   了




2013年9月1日

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