「僕は大した人間じゃないんだ。平凡なスペックしかない」
「スペックですか?」
「人間をカタログスペック的にランク付ければそうなるんだ」
「でも自分のことを、客観的にそのように観察出来るのはスペックが高いからではないのですか?」
「いやいや、それで中程度のレベルだよ」
「そうですねえ。自分の実力が分からない人は中以下ですね」
「それでだ」
高橋は本題に入る。
「今度来た社長はハイスペックを要求している」
「らしいですね」
「対応出来る社員なんていないよ。そんなハイスペックなら社長になってるよ」
「今度の社長は実力派ですからね」
「疲れそうで、嫌になってきた」
これが高橋の本音らしい。
「まあ、愚痴ってくださいよ。僕でよければ」
「過当競争らしい。飽和状態らしい」
「らしいですねえ」
「それは経営者が考えることでしょ。僕らはそれに従うのが仕事だよ。ところがあの社長は、ライバルに勝つ方法を考えろと言うんだ」
「社長が考えればいいんでしょ」
「そうなんだ。僕らは経営陣じゃないんだ」
「それがハイスペックなんですね」
「オーバースペックだよ」
「考えればいいんじゃないですか。社長が考えろと言うのなら」
「そんなことは考えたことはない」
「分かりました。それって会社を変えるには社員も変わらないといけないってやつですよ。社員にもっと自覚を持たせるって手ですよ」
「同室の小川君の企画書を見たが、ダメダシだらけだ。あれはよくないよ」
「小川さんがですか」
「よくないのは社長だよ。しかも直筆で赤ペンだ」
高橋も新製品のアイデアを提出するよう言われていた。
「早く退陣して欲しいよ。荷が重すぎるよ。そんな企画は専門屋に任せればいいんだ。僕らの現場は言われた段取り通りに動くのが専門なんだから」
高橋は自分で言いながら苦しくなってきた。
「適当な企画を出して、ダメダシもらって戻ってくればいいんでしょ。行事だと思ってやってみたらどうですか」
「そうだな、中ぐらいの僕としては、その行事をやる程度のスペックはあるか」
高橋がやけくそで書いた企画が通った。しかし新製品はさっぱり売れなかった。そして期待通り社長は去った。
了
2006年10月29日
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