小説 川崎サイト

 

鉄壁の牙城

川崎ゆきお


「あの木田君という男はよく分からんねえ」
「木田君がどうかしましたか」
「もう、長いんだろ」
「真面目に勤めていますが」
「それはいいんだが、僕が何を言ってもハイハイハイだ」
「素直なんでしょうねえ」
「何が」
「ですから、上司の言うことは素直に聞く」
「まあ、それはいいんだが、本当に聞いているのかなあ」
「聞く以外ないと思いますよ」
「どういうことかね」
「異を唱えても、何ともならないでしょ。それで覆るわけじゃありません。だから、最初から従っているのでしょう」
「じゃ、その異が、あるんだな」
「異ですか。そりゃ、あるでしょうねえ」
「それを隠したまま、従っておるのかね」
「そうだと思います」
「異があるのなら、言ってくれればいいんだよね。僕もそれなりに考えてみるし、そういう意見もあることを知っておきたいし」
「無駄な抵抗だと思っているんでしょう」
「じゃ、最初からイエスマンか」
「それは違うと思います」
「ほう」
「表はイエスですが、裏ではノーです」
「それは、まあよくあるタイプだけど、不気味なんだよ。あの木田君」
「大人しい人ですよ」
「何でもハイハイじゃ、怖くなってくる。僕だってたまには間違ったことも言う。そのときもハイハイハイだ」
「忠実な部下じゃないですか」
「腹が見えん」
「はい」
「だから、信頼出来ん」
「そんなものですか」
「異にも唱え方というのがある。それなく合図を出してくれればいいんだ。しかし木田君は同じハイハイだ。そのハイハイにもちょっとした変化があれば、何となくよいハイか、何となくのハイか、気に入らないハイかが分かる。それさえ木田君は隠しておる」
「彼はそれが仕事なんでしょうねえ」
「ハイの発声方法が仕事かね」
「見事にぶれません。いつも同じ調子のハイです。当然表情も同じです。これが木田君最大の仕事なんじゃないでしょうか」
「しかし、自分の意見も時々は言わないとストレスになるだろ」
「我慢強いですから木田君。そして非常に粘り強い」
「しかし腹の中では……」
「当然、我々のことを小馬鹿にしているでしょうねえ」
「一度話し合おうと思うのだが」
「それは無理です。正体を出しません」
「不気味だ」
「無視すればいいんですよ。言うことはちゃんと聞いてくれるんですから、仕事に影響はありません」
「しかし、コミュニケーションが」
「必要ないと思います」
「どうして」
「おそらく木田君は、そういう場を用意してもコミュニケーションをとっているような演技に徹するでしょう」
「完璧だね」
「寄せ付けません。鉄壁の牙城です」
「分かった、難攻不落なら、無駄なことはしないでおくよ」
「それがよろしいかと」
「うむ」
 
   了
 



2013年9月17日

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