小説 川崎サイト

 

ポルノ先生

川崎ゆきお


 ひっきりなしに車が通る幹線道路。当然ガードレールで歩道とは分けられている。植村は車道の路肩を自転車で走っていたのだが、車とすれすれだ。後ろに目がないため、いきなり寄って来るように見える。ちょっとハンドルを取られると、いつ接触するか分からない。それで危険を感じ、歩道に入った。
 それでほっと一息ついたのだが、今度は前をゆく歩行者を追い越せない。自転車の接近に気付いて避けてくれる人ばかりではない。それでもかなり近付くと、何となく分かるようだ。どちらかに少しだけ寄ってくれれば追い越せる。
 植村は何とか追い越すが、スピード的には歩くより少し早い程度だ。車道に出ればスピードを出せるのだが、急ぐ用事ではない。
 前方に白い杖をついた老人が歩いている。歩道の真ん中ではなく、かなり左端に寄っているので、追い抜かれるのを予測してのことだろう。それはいいのだが、左右にぶれるようで、追い越せそうで追い越せない。こんなところで、年寄りを引っ掛けると厄介なので、間合いを見定めながら、ゆるりとしたスピードで後方に付いた。
 早く追い越せとばかりに老人はチラッ、チラッと振り返る。もう腹を切ったので、早く介錯せいと……。
 無理をすれば追い越せるのだが、何となくその老人が気になった。何か曰くありげな人に見えたのだ。
 そのうち、チリンと後ろで鳴り、自転車に迫られた。今度は植村が邪魔になっているのだ。すぐに端へ寄った。子供を乗せた自転車がダンプカーのように追い越し、あの老人にもチリンと鳴らして避けさせた。老人は最初から避けているのだが、それでは足りないのだろう。その自転車は簡単に老人を追い越した。
 植村もその自転車のすぐあとに付いて行けば追い越せたのだが、もう少し老人を見ていたかった。
 しかし、少し広い場所が見えたので、そこで抜くことにする。
 ちょっとした空き地があり、自販機が並んでいる。小さな店でもあったのだろう。歯が一本抜けたような隙間がある。老人はそこに入った。それで、完全に追い越せるようになったが、植村の目は老人を追っていた。老人は自販機ではなく、その横にある狭い道へ入ろうとしていたのだ。
 植村は気になったので、同じようにそこへ入る。左右は工事中のフェンスで囲まれている。何かが建つのだろう。それを過ぎると、普通の住宅地に出た。つまり、この道は幹線道路に出る抜け道のようなものだ。
 白い杖をついた老人は、閑静な住宅地の道を歩いてゆく。植村はその後ろ姿を意味なく追う。
 やがて、老人は古びた屋敷の門を潜った。扉は最初から開いていた。
 植村はその門の前に来たとき「尾行ですかな」と老人から声をかけられた。
 何となく知っていそうな人だ。しかし、思い出せない。
「あとを付けるようなことなどしないで、声をかければいいのに。植村君だろ。昔から君は探偵ごっこや尾行が好きだったねえ」
「久しぶりなので、誰だか分からなかったので」
「もう何十年も経ちますからなあ。私だよ私。ポルノ先生だよ。君が名付けたんだからね」
「ああ」
「私が映画館に入るところまで君は尾行した。入った映画館がまずかった。その後、私は君らの間ではポルノ先生だ」
 植村は小学生時代の担任の先生と再会したことになる。
 
   了
 



2013年9月20日

小説 川崎サイト