エスカレーターで降りてくる男を益田は見ていた。
夕方のラッシュが始まる頃で、男はこの駅に到着したのだろう。
益田はこの男が気になった。まだ学生だろう。ラフな服装をし、小太りで丸顔だった。
益田が立ち止まった場所は屋外と建物の境界線で、そこでタバコを吸うためだった。以前は灰皿があったのだが今はない。それ以前に歩きながらの喫煙は禁じられていた。では立ち止まってならよいというわけでもないが、足元には吸い殻が散乱している。
電車を降りて一服吸ったり、乗る前に吸う人がいるのだろう。
益田は今日も就職活動で疲れていた。明日もまた説明会がある。学校を出て三年で会社を辞めた。その仕事が自分に合っていないことは半月で分かった。それから三年も我慢していた。
当然辛い三年間だった。益田から笑顔が消え、彼女も友達も消えた。
今やっと懲役刑を終えた感じなのだが、すぐに会社という刑務所に戻ることになる。そうしないと食べていけないからだ。
益田は、その男の後を追った。
そして声をかけた。話があると。
その学生は、快く付き合ってくれた。油断を知らない男のようだ。
益田はギョウザを四人前とビールを注文した。
「どんな話ですか?」
「気になったんだよ。君のことが」
男は小さな目をパチクリさせた。
「遠慮なく食べてくれよ」
「はい」
「これから帰るところなの?」
「はい、ちょっとぶらっとして帰るところです」
「どこを?」
「模型とかですよ」
「鉄道模型?」
「ソ連の戦車ですよ」
「ああ、そう……」
「それで、話とは?」
「エスカレーターを降りてくる君を見ていた」
「はい」
男の目がまたパチパチと、音が出るほど激しく瞬く。
「笑っていたね」
「そうだったかなあ」
「一人で無邪気に笑っていた。白い歯を出して、楽しそうな笑顔だった」
「いやだなあ、見ていたんですか」
男は小さな目で益田の目を見続けた」
「そんな笑顔がどうして出来るのかが知りたい」
男は目をそらせた。
「戦車をゲット出来るからですよ」
「分かった。話はそれだけだ」
男はギョウザ四人前を黙々と平らげていった。
了
2006年11月2日
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