小説 川崎サイト

 

御旅所

川崎ゆきお


 木陰の休憩所として、何人かが立ち寄る場所がある。当然散歩の途中に休憩するためだが、実際には会話を楽しむのが目的のようだ。
 その人たちは休憩所と呼んでいるが、そういう施設があるわけではない。公園横の空き地だ。余地と言ってもいい。道が少し膨らんでいる。公園にはベンチがあり、そこで休憩してもいいのだが、小さな子供を連れた母親たちがおり、そのテリトリーになっている。
 木陰の休憩所に来ているのは老人が多い。
「暑さが抜けましたなあ」
「いい気候になりました」
「暑さが抜けて、体が楽になりましたよ」
「いやあ、私は夏バテでね。暑いときは暑さで忙しくて、何ともなかったのですが、涼しくなってくると、急にきましたなあ」
 しかし、ここまで歩いて来られるのだから、大したことはないのだろう。
「私は持病がありましてねえ。暑いとき、そちらに気も身体も取られていたんでしょう、持病が消えていましたよ。今は復活していますがね」
 この人の持病も軽いのだろう。
「ところで、ここは何処なんでしょうねえ」
「おやおや、竹田さん、季節の変わり目でおかしくなりましたか」
「いやいや、番地まで言えますよ。それより、この場所ですよ」
「ここは御旅所跡ですよ」
「御旅所。まさかあの世へ旅立つときの待合所じゃないでしょうねえ」
「もうなくなりましたが、あの公園の端に神社があったのですよ」
「ほう」
「祭りで、御神輿が出るとき、ここが基地だったんです」
「ああ、町を練り歩く前の」
「もう神社もなく、村もなく、当然村祭りもなく、御神輿もありませんがね」
「よくご存じで」
「ここに引っ越したのは古いですから」
「じゃ、ここは神様が旅立たれるところですか」
「旅と言っても村を回るだけの旅ですがね。威勢のいい若者や、子供なんかがたくさん集まってましたなあ。ここでおにぎりが配られたり、お茶が出たりしました」
 老人たちは暗黙のうちに、自分たちの旅立ちが頭に浮かんだ。
「これは冗談なんですがね」
「え、何でしょう」
「この町を旅立った人がねえ。あっちを回って、戻ってくるらしいですよ」
「あっちて?」
「私たちがいずれ行くところですよ」
「はいはい」
「だからですねえ。ここにいると、そういう人たちも来ているような気がします」
「ほう」
「お寺さんじゃ、人は仏様になる。神道ではどうなんでしょうなあ。お盆に先祖が帰って来るように、村祭りのときに戻って来るような気がします。家じゃなく、この御旅所に」
「ほう、それは冗談ではなく、本当かもしれませんなあ」
「だから、私はここを聖地だと思っております。特別な場所です。ただの休憩所じゃなくてね」
「はいはい」
「もうすぐ秋祭りです。祭りはありませんが、戻ってきますよ」
 ここの人たちは、そういう勝手なことを言って楽しんでいるようだ。
 
   了



2013年9月27日

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