小説 川崎サイト

 

空を見る

川崎ゆきお


「最近、何が面白いですか?」
「面白いか」
「はい、何か楽しいことはありませんか」
「大概のことはやって来たからねえ、まあ出来ないことも多いが、最近では空だな」
「空」
「上にある空だよ」
「ああ、ありますねえ」
「まあ、部屋の中に居ても、窓があれば見えるがね。しかし、窓を開けても隣の家だ。そこで空が見える窓を探した」
「先生の家の中での話ですね」
「そうだ。すると便所の窓から空が見えることが分かった。建物と建物の間に隙間があってね。そこから空が見えるんだ」
「でも、狭い空ですねえ」
「ああ、井戸の底から見ているような空だ。長方形のフレームだがね。井の中の蛙大海を知らずだが、空は知っておる。こちらのほうが広かったりしてね」
「その空のどんなところが面白いのでしょうか」
「面白くはない。楽しくもない」
「はあ」
「ただ、これには奥行きがある」
「宇宙まで行ってしまいますからねえ」
「夜は星が見える。確かにあそこへは簡単には行けまい。まあ、夜もいいが、あまり変化はない。昼間の方が色々と変化が楽しめる」
「やはり楽しいのですね」
「妙な雲が浮かんでいるとね」
「はい」
「その雲の形は誰かが画いたものではない。まあ、絵としては画けんだろうねえ。昔の人は絵など観なくても、こんな名画が観られたんだよね。まあ、そんな感じで目に入れていたのかは別として」
「写真でも無理ですか」
「写真を見ている距離と空を見ている距離は違うんだ。写真だと近くを見ていることになる」
「大きなスクリーンで、かなり離れて見た場合はどうですか」
「だから、そんな作り物に飽きたから、空を見ているんだよ。生だよ。本物だよ」
「なるほど」
「便所の窓から西の空が見える。だから、夕焼け空を見るにはもってこいの場所だ。このときの変化は凄いよ。それに動きも早い」
「そうですねえ。空って静止画じゃないんですよね」
「雲は流れるし、明るさも変化する。特に夕方はね。当然空が不安定なときは、昼でも明るくなったり暗くなったりする」
「はい」
「退屈なのは曇りの日だな。ずっと真っ白なときがある。さすがにこれは見ようとは思わない。面白いのではなく、雲白いだ。まあ面が白いことでは同じだがな」
「そうですねえ」
「しかし、つまらん状態もあるから、いいんだ」
「でも、トイレの窓からじゃ、範囲が狭いでしょ」
「いや、かなり遠方が見えるので、そこそこ広い。ただ真上は見えん」
「面白いものを見つけましたねえ」
「まあな」
「君もやってみなさい」
「そうですねえ。空なんて最近見ていませんねえ。確かに上は見ますが、そんな目では見ていません。先生のように鑑賞するような感じでは」
「ふと上を見ると空があった。これが一番いいのかもしれんねえ」
「ふとですか」
「最近、ふとじゃなく、見よう見ようとするから、少し飽きてきた。やはり狙っちゃ駄目だなあ」
「もう、飽きてきたのですか」
「まあね」
「やはり、楽しみも常に変化するんですねえ」
「ああ、だから、楽しみと思わないで、そっとしておく方がいいようだな」
「はい」
 
   了
 



2013年9月28日

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