小説 川崎サイト

 

少女蔵

川崎ゆきお


 古い農家がまだ残っている田舎の町を高橋は歩いている。メイン通りから外れた旧道は映画のロケにでも使えそうだ。ただ、電柱やエアコンなどが普通にある。町並み保存をやるほどの規模ではないのだろう。
 農家の母屋は奥まったところにあるが、蔵は道沿いにある。
 蔵には小さな窓がある。銅板を張り付けた扉があり、それが左右に開いている。格子が填められているので忍び込めないが、中からも出られない。
 その窓に人影が見える。おかっぱの女の子だ。胸あたりまで見える。着物は真っ赤だ。
「高橋君だね」
 市松人形の後ろに男の顔がある。そして、人形が男に変わる。
「三田村さんですか」
「ここです。ここです。これが私の蔵です」
「何処から入れます」
「蔵の左側の土塀に木戸があります。そこから庭に出ますから」
 高橋は言われたように庭に出て、そして蔵の前に立った。
 蔵の分厚い扉が開き、三田村が高橋を招き入れる。
「二階は市松さんの部屋です。私は一階に住んでいます」
「噂には聞いていましたが、いいですねえ。ここが少女蔵ですね」
「あの人形はこの蔵に元々あったのです」
「なるほど」
「譲り受けました。いいでしょ。たまに外を見せています。まあ、人形が外を見たいと言うわけじゃありません。たまに人が通るのです。そんなとき、そっと窓に置きます」
「それは悪い冗談ですね」
「いえいえ、気付かない人の方が多いですよ。この辺の人は見飽きた風景ですからね。いちいち蔵の窓なんて見てませんよ」
「しかし、評判になりましたねえ」
「この辺りは観光地じゃないのですが、知ってる人はよく知っている穴場なんですよね。結構古い農家なんかが残ってます。知っている人だけが何となく寄る場所でしてね。奥まっているので見付けにくいのですが」
 そういう人が噂を流したようだ。赤い着物を着たおかっぱの少女が蔵から外を見ている。軟禁されているらしいので助けに行かなくては……と。
 ただ、誰も本気で、そう思っていないのだが。
 リアルに考えている人は、人形師が農家を作業場に使っているのだろう程度だ。常識の範囲内で。
 ただ、この三田村という男は蔵マニアで、蔵に住むのが好きなようだ。しかし、長くは同じ蔵には住まない。今も次に借りる蔵を持ち主と交渉中だ。
「ここは長いのですか」
「もう半年になります。そろそろですねえ。まあ、蔵の窓から市松さんも、もう、そろそろです」
「そうですねえ。あまり引っ張るとまずいですからねえ」
「今はそれほど噂は広まっていませんが、増えつつあります。だからその前に……」
「なるほど、引き際が大切なんですね」
 高橋もネットで写真を見て、訪ねて来たのだ。
 帰り際、二階に案内され、市松人形を見せてもらった。思ったより汚れていた。着物も虫食いが多い。
「怖いですねえ。やはりこういう古い人形は」
「たまに自分で窓へ行き、外を覗いていますよ」
「え」
「冗談です。冗談。でもありそうな気配がします」
「本当にそうなると、怖いですねえ」
「はい、そうなりそうなので、このあたりで打ち切ろうと思ったのです」
「そうですねえ。古い人形は怖いですから」
「おっしゃる通りです」
 
   了 



2013年10月1日

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