小説 川崎サイト

 

自宅警備員

川崎ゆきお


 これは自宅にずっと居る人の話だ。自宅警備員と呼ばれている。
 田村は退職後、家にいるが、その家は一人暮らしにしては広い。家の中を歩いているだけでも運動になるほどだ。使っていない部屋を順番に見て回るのだ。警備員のように。
 ある日、腰と足を痛め、外に出るのが億劫になったので、ますます自宅で過ごすことが多くなった。
「他人は何をしているのだろうか」
 外に出たときの楽しみは、実はこれだったことに田村は気付く。
「北の左は九時頃雨戸を閉めます」
 北の窓から見える家のことを言っている。
「その右の家の一階と二階は窓から明かりが漏れています。遅くなると二階だけになります」
「覗いているのですか」
「部屋をうろうろしているとき、窓から見えたのです。まあ、そんなことはいつもは気付きませんがね。何か変化を探していると、それが出てきました」
「出てきたのですか」
「意識的になったということです」
「意識して見るようになったと」
「南の家は八時頃雨戸を閉める。こちらは早い。そのとき、家の主が顔を出します。そうしないと閉められないのでしょうなあ。それほど距離はありません。しかし、お互いに庭を隔てた裏側なので、見ても見ないようにするのでしょうねえ。そのご主人のことは全く知りません」
「はい」
「西側の窓からは表通りが少し見えます。行き交う人が見えます。知っている人もいます。その通りから、こちらの生活道路に入って来る人もいます。用はないはずなのですが、それらの見知らぬ人はチラシ配りが多いです。チラシの宅配ですなあ。主婦の人もいます。見た感じ、近所の人のようにも見えます」
「詳しいですねえ」
「じっと見ていれば、誰にだって分かる詳しさですよ。まあ、知ったからとて大した手柄にはなりませんがね」
「南の雨戸を閉める家のお隣は見えませんが、声がよく聞こえてきます。そこのご主人は説教好きらしく、懇々と誰かに何かを言い聞かせています。電話かもしれませんねえ。声が大きいです。その説教を聞いていると、聞き惚れますねえ。上手いです。口調も論理も」
「耳がいいんですね」
「テレビなどを付けていないと、よく聞こえるのですよ」
「ああ、なるほど」
「ただ、冬は駄目ですねえ。閉めていますから」
「テレビは見ないのですか」
「はい」
「色々な人が出てきますよ」
「生でないと駄目です。いくらこちらが見ても、相手は見返してくれませんからね。生体反応ゼロです」
「あ、はい」
「続けます。北の左の家は七時頃、車で夫婦で出掛けるようです。九時頃帰って来ます。車の音で分かります。毎晩外食のようです。ただ、それは想像ですがね」
「昔の長屋みたいですねえ。食べた夕食のおかずまで分かってしまうような」
「まあ、昔だってそこまでは無理でしょうが、家の前で七輪でサンマなどを焼いていると、分かるんでしょうねえ」
「そうそう、それです」
「カーテンや窓の開き具合なども参考になります」
「ほう」
「温度調整をやっているのでしょうねえ。お隣のそれを見て、合わすこともあります。窓を完全に閉めた場合は、夏ならエアコンを使っているとかね」
「はい」
「西の窓から通りが見えるのですが、その道の向こう側にも家があります。そこの二階の窓がずっと明るい。夜中でも明るい。夜更かしをする人が住んでいるのでしょうねえ。夜中、トイレに立ったとき、たまに見ます。まだ、明るい。ところが、消えている夜もあります。寝たんでしょうねえ。早い目に」
「ほう」
「まあ、自分の家の部屋だけでは変化はありませんからねえ。他人様の家も警備しています」
「それって、覗いているだけでしょ」
「何か事件があったとき、参考になると思いますよ。密室殺人事件とか」
「ないでしょうねえ」
「はい、ないと思います」
 
   了
 


2013年10月10日

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