小説 川崎サイト

 

単純作業

川崎ゆきお


「こういうことを毎日毎日やっておられるのですか」
「毎日じゃないよ。土日は休んでるし、休日もあるし、年末年始や盆は休みだよ」
「そういうことではなく、ずっと同じ、この単純作業のお仕事を続けられているのですね、と言いたかったのです」
「失礼な」
「え」
「単純作業じゃないよ」
「ああ、そうなんですか」
「単純なように見えても、毎日同じ条件じゃない。単純にやっているようで、そうじゃないんだ」
「つまり、単純を維持するのが大変だと」
「まあ、そうなんだけど、やってることは非常に単純だ。君にでも出来る仕事だ。今日からすぐにね」
「じゃ、やはり単純なお仕事なのですね」
「しかし、体調が悪いときは、この単調なことさえしんどい」
「ああ、それはどんなお仕事でも」
「まあ、そうなんだが、屋外の仕事だろ。だから、天気の影響を受けやすい。やってることは同じだけど、気温が違うと決して同じじゃない。私のような汗かきは、ちょっと気温が上がるか、湿気が多いと汗が出る。真冬でもね。だから、ずっと同じことをやってるようでも、同じではない」
「はい」
「それに、非常に調子の良いときもある。良いペースで進んでいるときがある。流れにリズムがある。良いリズムだ。そんなときは滅多にないがね。偶然、色々な要素が重なり、すごく気分がいい仕事が出来る。まあ、これは本人だけにしか分からないけどね。誰がやっても同じ仕事なんだから、実際には差はないが」
「ずっと同じことで、飽きないかと思いまして」
「そりゃ飽きるよ。そのうち飽きることを忘れるほど飽きる」
「はあ」
「と言うか、飽きるとか飽きないのレベルを超えるんだ。君はご飯を食べるとき、箸を使うだろ。その箸に飽きるかね」
「箸なんで、何でもいいですから、気にしたことはありません。いつも割り箸ですし」
「茶碗に飽きて皿にする。箸に飽きてスプーンにするかね」
「カレーだと、皿とスプーンですねえ。でも飽きるとかの次元じゃないです。そういうものだと思ってしまっていますから。茶碗と箸」
「そうだろ、この仕事もそうだ。そういうものだと、もう思ってしまっているんだよ」
「はい」
「茶碗やご飯より、食欲があるかどうかが気になる。同じご飯でもおいしく感じるときと、そうでないときがある。だから、日々変化があるんだ。だから決して同じことを年から年中やっているわけじゃない。色々とあるんだ、色々と」
「詳しい説明ありがとうございます」
「一年目と二年目とは違う。十年目と二十年目もね。向かい合い方が違う。やってることは同じなんだがね。一年の新米と、三十年のベテランとの差はないけど」
「これからも、ずっとこのお仕事を」
「ああ、慣れ親しんだからねえ。君が言うように単純だがね。しかし単純だからこそ続くのかもしれないよ」
「はい」
 
   了



2013年10月12日

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