小説 川崎サイト

 

裏観音

川崎ゆきお


 特に怪異があるわけではない。幽霊も出ないし、おかしなことが起こるわけでもない。だが、不気味な感じを受けることがある。それは仏像の後ろ姿。都市伝説に近い話だ。
 都市伝説とは怪異の噂のようなものだろう。そのものよりも噂の方が怖かったりする。仏像の後ろ姿が怖いのも、それに近い。
 そこは都市というほど大きな町ではないが、都市化が進んでいることは確かで、それ以前なら、そんなことはなかったかもしれない。
 ものには正面がある。建物や施設もそうだ。その霊園にも正面がある。市街地の中に残っている霊園だけに、結構古い。霊園の近くにお寺がある。少し離れているので、寺の裏にあるような墓場ではなく、墓石だけが塀に囲まれた中にある。当然霊園には誰も住んでいない。ちょっとしたお堂と、手洗い所がある程度。
 仏像は観音像だろう。囲んでいる塀の倍ほどの高さなので、結構大きいい。コンクリート製だと思われる。
 そのお顔が見えるのは正面からだ。霊園の入り口は細い道と接している。ここは昔の街道だったようだ。こちらが正面になるが、狭い道なので、あまり使われていない。それとは別に、霊園を跨いだ先に新道が出来ている。霊園の背後は雑木林だったが、モータープールや宅地になった。新道もそのときのものだ。
 つまり、仏像は背後を取られてしまった。雑木林で後ろ姿は見えなかったのだが、見えるようになった。
 噂は、そこを通る人から出た。
 怖いというのだ。観音さんの後ろ姿が。のっぺりとしており、夜など顔のない顔のように見える。観音さんが夜になると、後ろを向いているのではない。人型が怖いのだろう。腰の上がそのままシルエットとして見える。
 観音さんは信仰の対象であり、敵か味方かと聞かれれば味方だろう。悪い妖怪や亡者が現れても、観音様が守ってくれる。その観音様が怖いのだ。それは後ろ姿のためかもしれない。本来の見せ方ではないのだ。
 それで、つい、それを見てしまった人は、見てはいけないものを見たような気になる。
 多少不気味な話だが、怪異ではない。仏像の後ろ姿を見ただけなのだから。これは、佐賀、鍋島の化け猫の話ではないが、油をなめているところを見てしまい「見たなー」と言われているのに近い。
 この場合は猫だが、観音様は有り難いものだ。それだけに、裏返ると怖いのかもしれない。
 
   了


2013年10月13日

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