小説 川崎サイト

 

共同オフィス

川崎ゆきお


「ダイナミックな動きが欲しいねえ」
「そうですねえ」
 ワンフロアを数人で借りている個人事務所がある。敷居ひとつなので個室のように見せているが、狭苦しく、息が詰まるということで取り外された。すると職員室のようになった。
「ダイナミックな仕事をするため、ここを借りたのですがね」
「私もそうです。何かやる気が起こりそうなので」
「何か今お仕事は?」
「特にありません。だからこのスペース、必要じゃないんですが、なくなると、ますます何もしなくなりますから」
「そうですねえ。借りたときはダイナミックな動きだったけど、賞味期限が切れ始めている。そろそろ何かしないと」
「そうですねえ。でも私はここに通うだけで、もういいです」
「もう、いいとは?」
「仕事をやっている雰囲気があれば、まあ、それでいいのです。朝、喫茶店でモーニング食べ、ビジネスバッグを持って電車に乗り、仕事場に通う。これだけで十分です」
「でも、ただじゃないので」
「必要経費です」
 八人ほどがこの部屋にいる。本当に事務所としてアクティブな人はいない。そのことで、かなり安心出来るようだ。
「吉田さん、始めたいのですが」
 二つほど向こうの机にいる大石から声がかかる。
「ちょっと失礼します」
 吉田はパソコンに向かう。それで、雑談は終わる。
「入ってくださいよ」また、向こうから大石の声。
「はい、入りました」吉田が返す。
 モニターには将棋の盤が表示されている。
 吉田と大石の対局が始まった。他の六人もそれを見ている。
 
   了
 


2013年10月14日

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