小説 川崎サイト

 

魔の時間帯

川崎ゆきお


 谷口は日常のスケジュールを持っている。この日常とはプライベートなもので、仕事のスケジュールではない。私生活の予定表のようなものだが、そういう表を作っているわけではない。書き留めなくても分かっているからだ。たとえば朝起きる時間も大体分かっている。目覚まし時計がなくても、自然に目が覚める。
 谷口は仕事をしていないので、行く会社はないため、何時に起きてもかまわない。しかし、勤めていた頃よりも起きる時間は安定している。目覚ましよりも正確だ。
 さて、そのスケジュールなのだが、生活習慣と言ってもいい。
 風雨が強く、外に出られない日があった。朝、起きるとトイレに行く。さすがにそれはスケジュールとは呼べないだろう。それに似た行為として寝起き、すぐに喫茶店へ行く。トイレや洗面も決め事なのだが、これは特にこだわりはない。誰でもやっていることだ。その流儀を事細かに決めている人もいるが、谷口は、そこは適当だ。
 さて、風雨だ。それで朝に行く喫茶店へ行けない。横殴りの雨、悲鳴のような風の音。窓から外を見ると、傘を差すことも難しそうだ。
 それで、朝一番のスケジュールを中止せざるを得なくなった。そんなことは年に何度もない。今年に入ってから一度もなかったかもしれない。その喫茶店は年中無休二十四時間営業の大きなチェーン店だ。
 谷口はテレビを付け、台風情報を見る。近くを通過中だ。影響がなくなるまで、数時間かかる。昼頃なら台風一過になっているはずだが、それまで外には出られない。その喫茶店へは朝一番に行くのが決まり事で、昼には行かない。
 谷口はそれで予定が狂った。喫茶店への往復一時間半ほどが空白となる。この間、病気で寝込んでいたとき以外、部屋に居たことはない。それが今朝は居るのだ。
「怖い」
 と、谷口は呟いたが、これは大げさだ。居心地が悪い程度。居てはいけないような時間帯に居るようなものだが、自分の部屋なので、怖がるようなことは何もない。
 谷口は朝の喫茶店で新聞や本を読んでいる。同じことを部屋でやればいいのだが、新聞は取っていない。しかし本は鞄の中に入っている。部屋では読まないのだが、それを取り出し、読み始めた。
 だが、落ち着かない。昨日読んでいた本なのに雰囲気が違う。活字の踊り方が違う。
「魔の時間帯かもしれない」
 そんなわけはないのだが、違和感が確かにある。活字を追えなくなってしまい、仕方なくテレビを見て過ごした。
 そして、無事に喫茶店から戻って来る時間になり、いつものスケジュール通り、朝食の準備を始めた。
 台風の通過より、魔の時間帯の通過の方が気になったようだ。

   了



2013年10月16日

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