小説 川崎サイト

 

折れたビニール傘

川崎ゆきお


「弓折れ矢尽きる」ではないが、骨の折れたビニール傘が落ちている。傘には矢はないのだが、何本も出ている骨がそれに見えなくもない。そして、それなりに風雨と戦ったのだろう。
 正木はそれをじっと見ている。場所は歩道。傘は並木の下。感慨深いものがあるようだ……正木自身に。
 その傘はコンビニなどでよく売られているタイプで、決して高いものではない。また、ビニール傘なので、どれも似たようなデザインだ。持ち主もきっと雨が降ってきたので、適当な店で適当に買ったのだろう。その傘が欲しくて買ったのではないはず。しかし、傘としての実用性は十分果たしている。ただ、強度がないかもしれないが。
 正木も似たタイプだ。よくあるタイプの人間で、特に優れてもいないが、極端に劣っているわけでもない。そこそこ仕事はこなせる。だから、一週間前までは勤めていた。
 その正木が暗いことをしてしまった。心の闇を垂れ流したのだ。今まで溜まりに溜まっていた不満をぶちまけてしまった。
「それを言っちゃあ、おしまいだよ」
 その「おしまい」で結構だと、正木は覚悟した。
 そして、その通り退社した。
 弓折れ矢尽きる。本来は「刀折れ矢尽きる」だが、そんな感じの戦いではなかった。勇敢に戦ったわけではない。不満をぶちまけただけなのだから。
 それでも、骨の折れたビニール傘を見ると、自分と重ね合わせてしまう。戦い方はどうであれ、壊れて捨てられたことは確かだ。
 傘とは違い、正木は自爆に近い。自滅だろうか。
 正木は何気なく、傘をそっと持ち上げた。折れている骨は一本だけで、これならまだ使える。
 雨は降っていない。正木は骨一本分垂れた傘を差し、歩き出した。
 だが、すぐに危ない人間と見られることを察し、傘を閉じた。
 その傘は今も正木は使っている。
 
   了
 



2013年10月19日

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