小説 川崎サイト

 

神木前

川崎ゆきお


 自宅で自営業の立花は自転車散歩中、神社に立ち寄った。ちょっと休憩するためだ。走っているとき、神社が見えた。こんもりとした森のようなものが目に入ったのだ。平野部で高い樹木は滅多にない。それに市街地なので森が広がっているようなことはない。だから、島のような森だ。それで近付くと、やはり神社だった。
 鳥居前に自転車を止め、廊下のような石畳を歩いていると、その先にひときわ大きな木がある。本殿の脇だ。その木より、立花が気になったのは、幹の前でじっとしている人だ。神木らしく注連縄が巻かれているが、かなり長い梯子でもなければ取り付けられない位置だ。その縄も古くなっており、巨木と一体化している。
 神木を見ているのは、ひょろりとした中年男。服装はカジュアルで、手ぶら。近所の人だろう。
 立花が神木へ歩み寄るとジャリジャリ音がする。砂利の音だ。それで男が振り返る。
「あなたも?」
 謎の問いかけに立花は考える。立花は休憩で来た。おそらくそれが共通点ではないだろう。あるとすれば、大きな木が気になった。だから、神木が共通点となるに違いない。
「はい」
「もう駄目ですねえ、神様は。ここの本殿の神様、あれは効きませんよ。あれはカラの箱モノですからね。やはり神木ですよ、神木。神はここに降臨されるんだから、ここを押さえないとね」
 立花は適当に頷く。
「私は近所の者ですが、神木巡りをしています。まあ、毎日は無理だから、普段はここの神木にお参りに来ています。神木は穴ですよ、穴。神殿に神様がいる気配を感じないんだな」
 本気でそんなことを考えているのだろうかと立花は思ったが、そのままにした。
「神木の方が神様がいるような気がする。そう思いませんか」男が問う。
「そうですねえ。お寺が出来たから神社も出来たのでしょうねえ。昔は山とか岩とか、ああ、日の出もそうですねえ、自然そのものを拝んでいたような気がします」
「そうでしょ。あなたよく分かってらっしゃる」
「いえいえ」
「神様はずっと遠くの奥山にいるんですよ。たまに里に下りて来られる。その目標物が神木なんだ」
「避雷針に似てますねえ」
「あ、そう。それはまあ、いいけど。ここに降りられる。だから、降り際を狙うのがいいんだ。おそらく神殿には入られないと思うなあ。だから、神木前が一番いいんだ」
 立花は何とも言えない。
「だから、私は神社巡りをよくしますが、神木ばかり見て回ります。最近それを知ってか、似たような人がいるんですよ。あなたもそうでしょ。この古木を見ていると、神殿よりも神々しい。それが分かる人が最近増えています」
「変なアニメ、観てません」
「観てません」
「はい」
 立花は、雰囲気が濃いので、それとなく立ち去った。
 男は別に気にしていないようで、神木をじっと見ている。
 立花は自転車まで戻ると濃度が薄まった。
 神木のオーラより、あの人の濃さの方が強かったようだ。
 
   了




2013年10月20日

小説 川崎サイト