小説 川崎サイト



商談イベント

川崎ゆきお



 吉岡は冷静に考えないといけないと思った。欲が先に走り、物事が見えなくなっていることに気付いたからだ。
 それは商談イベントに来てやっと分かった。来ている人の目付きがギラギラと光っていた。目から油でも出ているのかと思うほどだ。
 その欲張った目付きを自分もしているのだ。
 商談イベントは来た人同士の交流の場だが、みんな甘い汁を求めて来ていた。
 吉岡も会費を払い、参加し、うまい話にありつこうと各テーブルを回った。
 しかし与える側の参加者はいそうにないことに気付いた。
 儲けている人はこんな場所で物色しないだろう。これは冷静に考えるような問題ではなく、当たり前の話なのだ。
 吉岡は名刺交換をしながら、何となく分かってきたのだ。誰もが仕事を欲しがっている連中で、発注者ではないと。
 そういう吉岡も出せるような仕事はなかった。
 受けばかりで出す人がいないのなら商談など何一つ成立しない。
 イベントは立食形式でおこなわれ、最初の三十分ほどで人の動きは止まった。
 吉岡のギラギラした油の目も乾き始め、今度は目が痒くなった。油を出し過ぎたのだ。
 そして冷静さを取り戻したのだが、情けない顔になっていた。
 商談を諦めた参加者は雑談を始めている。
 吉岡は惨めさを感じた。他の参加者もそうだろう。
「駄目ですねえ」
 吉岡は堪らず横にいる頭の禿げ上がった小男に言う。
「ですねえ」
「ここは生けすだよ。私達はフナだよ。餌を欲しがって口をパクパクさせてるフナだよ」
 吉岡はフナのように口をパクパクさせた。
「餌をまいてもらいたいねえ」
 小男の横の小太りが口を挟む。
 吉岡のテーブルにはもう食べ物も飲み物も残っていない。
 各テーブルでも似たような会話となっているのか、苦笑や溜め息が聞こえる。
 そして主催者らしき男がマイクで何やら話し出した。ワゴンに何やら商品類が積まれている。
「あれを売れば儲かるって話ですよ。私は他でも見たことあります」
 小男が小声で言う。
 吉岡は冷静な目でその商品類を吟味し始めた。手持ちの金で仕入れられる金額だった。
 
   了
 

 


          2006年11月9日
 

 

 

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