小説 川崎サイト

 

オフィス街の場末

川崎ゆきお


 オフィス街の中心部から少し離れると雑居ビルが乱雑に建ち並ぶ一帯がある。そこから先はオフィス街としての町名から離れる。
 その雑居ビル街には小さな会社が入っている。オフィス街の場末だ。
 ビルとビルの間に隙間があり、細い通路が迷路のように無秩序に走っている。
「プログラマーですか」
「そうです」
「私はデーター入力ばかりです。こんなの外に出せばいいのに。正社員にやらすようなことじゃないですよ」
 人が来ない場所なので、好きなことを言っている。
「僕はゲームが好きでしてね。それでプログラマーになったのです」
「いいですねえ。私なんて、べたべたなことしか出来ませんよ。パソコンを覚えたのも最近でしてね。スマホの操作なんて全く駄目です」
「きりがありません」
「はあ、何ですか」
「プログラマーの仕事なんて、きりがないのですよ。それがよかったのですがね」
 プログラマーは、いきなりぼやき始めている。
「ゲームが好きなのは、次に何をやればいいのかがしっかりしているからです。やることが明確です。考えなくてもいいんですよ。まあ、作戦は必要ですがね」
「はあ」
「他のことは出来なくても、ゲームならやれる。それは次にやることがあるからですよ。だから、何をしようかと考え込むことは少ないです。まあ、作戦通り行かなくても、やり直せばいいのですから」
「缶コーヒー、買って来ましょうか」
「ああ、いいです」
「いえ、僕が飲みたいので」
 データー入力の男が表通りへ抜ける迷路を往復し、戻って来た。
「早いですねえ」
「勝手知ったる迷路ですから」
「続けていいですか」
「どうぞ」
「無機的なことを綿々とやる。省略出来るものは外したいが、それでは危ない。品質の問題で、これはチェックされるので、手が抜けない。時間はかかる。やることだらけ。最期に仕様書を書く。これが一番厭だ」
「はいはい。データー入力も似たようなものですよ。仕様書はありませんが」
「しかも急がされる。時間がない。やることが多すぎる。元々チームプレーが苦手な連中とチーププレーする」
「でも、やることがあるからゲームが楽しかったのでしょ」
「ありすぎだ。ゲームならカタルシスがある」
「プログラミングって、呪文を打ち込むあれでしょ。スキルが必要なんでしょ。僕なんて無理ですよ。その才能もありません。算数は駄目でしたしね」
「別の世界に入ってしまいます。単純な動きを作るだけなので、世界は狭いんです。数字と記号と呪文。そればかり見ていると、おかしくなってきますよ」
「でも僕なんて憧れますよ。プログラマーさんに」
「やめていく人が多いです。ある日、いきなり旅行に出たりとか、たこ焼き屋を始めたりとかね」
「たこ焼き屋ですか、それはいい。この近くにもありますよ。たまに買ってきて、ここで食べてます。レンタルサーバー会社に勤めていた人ですよ」
「オフィス内より、こういうビルの隙間のほうが人間らしい」
「大丈夫ですか、あなた」
「大丈夫じゃない。もう二日も寝ていない」
「それは危ない。ここで昼寝しますかね」
「え?」
「いや、この先に行き止まりになる隙間があるでしょ。あそこにソファーを持ち込んだのですよ。昼寝出来ますよ。先客がいると駄目ですが」
「ほう、それは知らなかった」
 プログラマーは、その通路に入ると、確かに突き当たりに何かがある。カーテンのようなものが垂れ下がり、そこにカードが留められている。名刺だ。それが何枚か並んでいる。
 カーテンを少し開け、中を覗くと誰かが寝ている。
「もしもし」
 プログラマーは肩を叩かれる。
「順番ね」
「あ、はい」
「次は僕だから」
 その男は、留めていた名刺を取る。予約カードのようなものだろう。
「三人待ちですよ。名刺をここに留めて、出直しなさいね。三十分ほどですから、一人」
「はい」
 
   了




2013年10月30日

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